コウノドリ

□Jealousy
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「ただいまー」



返事がない。
今日は曲作りか医学書に目を通すと言っていたから部屋に戻ったかな、と考えながら手洗いの後にリビングへと足を向ける。
洗い物してくれてる、有り難い…とキッチンの水切りカゴに並べられた食器を見て思う。
朝、慌ただしく出て帰宅してから洗い物をするのは不衛生だし、何より気力が削がれる。



「あれ……、サクラ?いたんだ?」
「…あぁ、おかえり。ごめんね、気づかなくて」
「それはいいんだけど……どうかした?」



ソファで横になっていた彼に気づかなくて、少し驚いたがそれよりも自分が帰ってきたことに気づかなかったことに疑問を感じる。
狭くもないが広くもない、この部屋のドアが開けられたことに気づかないとは…体調でも悪いのだろうか。
側に行けば床やテーブルに広げられた五線譜紙や医学書が目に入る。
それらを少し脇に寄せてソファの前に膝をついてサクラの顔を覗き込む。



「体調悪い?疲れちゃった?」
「ん…大丈夫」



明らかに大丈夫ではない表情をしている。
人のことは言えないが自分以上に悩みや苦しみを表に出さずに自分の内に何かと溜め込むタイプ。
上手く口を割らせないと勝手に消化して全て飲み込んでしまう。
社会人としては大切なことではあるが、体には良くない。



「熱でもある?」
「流石に、熱があったらここでは寝ないよ」



そうっと彼の額に手を伸ばせば素直に触れさせてくれた。
確かに熱はなさそうだ。
今朝を思い返してみるが体調が悪そうな言動は思い当たらない。
そういえば午前中、散歩に来ていた彼を見かけたがその後からこんな調子なのだろうか。



「サクラ、散歩して疲れちゃった?」
「いや…そんなことは、ないよ」



何かあったのは間違いがなさそうだが、情報量が少なすぎてまだ原因が掴めない。
さて次はどうしようか。



「…あのさ、桜月」
「ん?」
「子ども達と遊ぶのは、楽しい?」
「う、ん……?それは勿論、楽しいよ」



何を言い出すのかと思えば仕事のこと?
その真意を図りかねて首を傾げるが、質問に対して否定はしない。
人間関係が面倒だったり仕事量が多かったりと仕事そのものは大変ではあるが、子ども達と関わることは楽しいし子ども達は可愛いので、否定するつもりもない。
それがどうしたというのか。何を悩んでいるのだろうか。



「………サクラ?」
「…僕は」
「えっ?」
「僕といるのは、楽しい?」
「えーっと…?」



それはどういう意味なんだろう、と問いかける前に横になっていたサクラが体を起こす。
その表情からは何をもって質問しているのか、何を考えているのか、読み取るのは容易ではなかった。
ゆら…とサクラが動いたと思えばその腕の中に収められていた。



「……子ども達といる時の顔、僕の前では見たことがないから」
「えっ?ん?どういうこと?」
「すごく楽しそうな顔してた」
「うーん…?」
「あんな笑顔、僕の前ではしてくれない」



広い背中に腕を回せば言葉がポロポロと落ちてくる。
サクラから出た少ない言葉を頭の中でリフレインさせながらその意味を考える。

子ども達といる時の顔、あんな笑顔、楽しそう、僕の前ではしてくれない、見たことがない………

つまるところは…



「ヤキモチ…?」
「っ、」



図星だったのか、僅かに体を揺らして更に腕の力を強めるサクラ。
何かと思えばそういうことか。
ヤキモチなんて必要ないのに。



「ねぇ、サクラ?」
「…………」
「このままでいいから聞いてよ。
サクラだって患者さんの前と私の前では表情違うでしょ?それと同じだよ?
子ども達は大人の顔色を汲み取るのが上手だから、子ども達に楽しいと思ってもらうには大人が楽しいと思って表情に出さないと伝わらない。
勿論、楽しいことには変わりないけどさ」
「それは……うん、そうだね」
「うーん、何て言えばいいかな。
ニュアンスとしては子ども達は『Like』でサクラは……その…『Love』だから、表情が違うのは、当然じゃない?」



言っていて恥ずかしい。顔が赤くなるのが分かる。
でも、多分これくらい言わないと伝わらない。
何の為に言葉があるかと言えば、自分の気持ちを伝える為なのだから。
腕の力が弱められたと思ったら額や頬、唇にキスが降ってきた。
その感覚がくすぐったくて身を捩らせれば、目の前にはすっかり元気を取り戻した様子のサクラがにこりと笑ってみせた。



「……元気、戻りましたか?サクラさん?」
「お陰様で………ねぇ、桜月?」
「う、んっ…?」



キスの雨が止まない。
少しずつ深くなっていく口付けに息が上がっていく。
どうしてこんなに容易く熱を持ってしまうのか。
キスの合間に耳元で囁かれた言葉に体中の熱が顔に集まるのを感じた。



「僕にしか見せない表情、ベッドの上で見せて……?」



*Jealousy*
(ちょ、っと、待っ…)
(待てない)
(せめて、ベッドにっ……んっ、ソファは、恥ずかしっ…)
(お姫様のご所望なら)
(うぅ……)
(でも、ベッドならいいんだね)
(っ、…もうっ!)


fin...?


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