コウノドリ

□マスク越し
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「…サクラ……?」



寝室のドアを静かに開けて中の様子を窺うと寝息を立てて眠るサクラの姿。
音を立てないように中に入り、枕元へ近づく。
薄暗い中でもまだ顔が赤いのが十分に分かる。
寝かせておいた方がいいのか、それとも何かお腹に入れて薬を飲んだ方がいいのか。
寝顔を見ながら逡巡していると、軽く咳き込んで薄っすらと目が開けられた。



「サクラ」
「ん、ゲホッ…」
「スポーツドリンク飲む?」
「ん…」



ペットボトルにストロー付きのキャップを取り付けた物を横になっている彼の口元に持って行けば、マスクをずらして水分を口に含む。
まだまだ熱は高そうだ。



「サクラ、おかゆ食べられそう?」
「ん…いただいていいかな、薬飲まなきゃ…」
「持って来るね」
「ごめん…」
「謝らなくていいってば」



そっと額に触れれば掌から熱が伝わる。
少しでも楽になれば、と冷えピタを貼ってあげれば、ふぅ…と溜め息が吐かれる。
ちょっと待ってて、と声をかけて寝室を出る。
弱った姿がなかなか可愛い、と思ってしまったのは本人には言えないな。

先程できたおかゆをお盆に乗せて再び寝室へ。
扉を開ければ、しんどそうに体を起こしたサクラが目に映る。



「大丈夫?ほら、腰のところに枕入れて」
「ごめん…」



相当熱が高いのかぼんやりというかポーッとしているというか、普段の穏やかな表情とはまた違った顔。
鍋から茶碗におかゆを取り分けて、少し冷めるようレンゲでかき混ぜる。



「最初は…ゲホゲホッ」
「無理に喋らなくていいよ」
「うぅ……当直室で寝てたんだよ…」
「サクラのことだから、どうせ寝てられなかったんでしょ」
「うん…」



ワーク・エンゲージメントが非常に高い彼のことだ。
熱があろうと体調が悪かろうと目の前に患者がいれば放っておけるはずがない。
そしてそんな状況で体調が良くなるはずもなく。



「ん、もう大丈夫かな。はい、どうぞ」
「え……あーん?」
「熱くない?」
「ん、ちょうどいいよ」



おかゆを一口すくってサクラの口元に運べば驚いた表情を見せた後で大人しく口を開ける。
多少なりとも食べられるなら薬も飲めるし、回復も少しは早いかな。
サクラがおかゆを飲み込んだのを確認してからもう一匙、口元に持っていけば何とも複雑そうな顔をしている。



「サクラ?」
「いや……こういうの、桜月は恥ずかしがってやってくれないと思ってたから、ゲホッ」
「………?
あぁ…『はい、あーん』って?
別に?仕事で散々やってることだからねぇ」
「そういうこと…」
「ほら、零れちゃうから」
「ん…」



何とも微妙な顔をしながらも口を開ける姿は形容しがたいほど可愛い、とは口には出せない。

結局小鍋に持ってきた半分ほど食べたところで『またあとで食べるよ』とストップがかかる。
まぁ無理も良くない。
薬を飲んだところを確認してから洗い物をしよう。



「ねぇ、桜月?」
「ん?」
「お願いがあるんだけど」
「どうしたの?」



横になったサクラに布団をかけ直せば珍しい彼からのお願い。
首を傾げて見つめれば少し恥ずかしそうに目を逸らされた。



「その…キスしてもらえたら早く治るかなって……」
「…お医者さんが非科学的なこと言わないの」
「病は気から、って言うじゃない…」
「はいはい、治ったらしてあげるから早く寝てください」
「うぅ……」



あからさまに残念がる姿が可哀想にもなる。
今日は珍しい姿ばかり見せてもらったお返しくらいしてもいいかもしれない。
使い終わった食器を一度シンクへ運び水に浸けてから寝室に戻る。

不思議そうな表情のサクラに、マスク越しのキス。



「早く治して、マスクなしでキスしてよ」



至近距離で言い捨てた後、恥ずかしくなって急いで寝室を出る。
嗚呼、こちらの熱が上がりそう。


*マスク越しのキス*
(何℃?)
(36.5℃、お陰様で全快です)
(それは良かったです)
(じゃあ早速)
(風邪は治りかけが一番大事なんだから、まだ寝てて)
(ええええぇ…せっかくの休みなのに……!)
(……一緒に寝てあげるから我儘言わない)


fin...


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