コウノドリ

□マスク越し
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体が熱い。
喉が乾いてひりつく。
咳き込んで目を開ければ、桜月が心配そうにこちらを見ていた。



「サクラ」
「ん、ゲホッ…」
「スポーツドリンク飲む?」
「ん…」



ペットボトルにストロー付きのキャップを取り付けた物を口元に出され、マスクをずらして水分を口に含む。
便利な道具だ、彼女が自分の部屋から持ってきてくれたのかな。
熱い体に液体が流れ込み、内側から少し体温が下がったような気がする。
決して体温が下がった訳ではない。ただそんな気がしただけ。



「サクラ、おかゆ食べられそう?」
「ん…いただいていいかな、薬飲まなきゃ…」
「持って来るね」
「ごめん…」
「謝らなくていいってば」



額に掌があてがわれる。ひんやりとした彼女の掌の感触が心地良い。
どこから出したのか冷えピタが貼られた。
欲を言えばもう少し桜月の手を当てていてほしかった。

ちょっと待ってて、と声をかけて寝室を出ていく桜月。
体は辛いが何か口にしなければ薬も飲めない。
怠い体を無理やり起こせば、まだ視界が揺れる。
22時か……桜月が明日は休みだと言っていなければ帰ってもらわなければいけない時間だ。
休みを無駄にさせてしまうのは申し訳ないが、こういう時に誰かが側にいてくれるのは有り難い。

お盆に鍋を乗せ、扉を開ける桜月。
僕を見て駆け寄ってくる。



「大丈夫?ほら、腰のところに枕入れて」
「ごめん…」



甲斐甲斐しい、とは彼女のことを指すのだろう。
仕事柄、人の世話をすることには慣れているとは思うが、こうして我が身のこととなると本当に身に染みる。
鍋から茶碗におかゆを取り分けて軽くレンゲでかき混ぜている彼女の姿をぼんやりと眺める。



「最初は…ゲホゲホッ」
「無理に喋らなくていいよ」
「うぅ……当直室で寝てたんだよ…」
「サクラのことだから、どうせ寝てられなかったんでしょ」
「うん…」



お見通しのようで軽く溜め息を吐かれた。
迷惑をかけて申し訳ないとは思うが、今更自分の生き方を変えるのも難しい。
僕は赤ちゃんが好きだから、



「ん、もう大丈夫かな。はい、どうぞ」
「え……あーん?」
「熱くない?」
「ん、ちょうどいいよ」



夢に見ていた、と言えば大袈裟になるが、今の状況で桜月におかゆを食べさせてもらうことを少なからず望んでいた自分がいることは間違いない。
だが、多少なりとも抵抗されると思っていたので、まさかお願いする前に彼女の方からやってくれるとは。

ゆっくりと飲み込んで口の中を空にすれば、もう一匙差し出しされた。
有り難い。が、逆にこちらが恥ずかしくなる。



「サクラ?」
「いや……こういうの、桜月は恥ずかしがってやってくれないと思ってたから、ゲホッ」
「………?
あぁ…『はい、あーん』って?
別に?仕事で散々やってることだからねぇ」
「そういうこと…」



そうか、そういうことか。
彼女にとっては何てことないのか。
それはそれで少し残念というか。



「ほら、零れちゃうから」
「ん…」



何が残念と言えば彼女に『はい、あーん』を初めてしてもらったのが僕ではないということ。
いや、当たり前なんだけどちょっと残念。
それでも今こうしてくれるのは幸せなことなんだ。

小鍋の半分ほど食べたところで起きているのがしんどくなって申し訳ないがまたあとで食べるよ、と止めさせてもらった。
薬を含んで水で流し込む。



「ねぇ、桜月?」
「ん?」
「お願いがあるんだけど」
「どうしたの?」



横になれば布団をかけ直してくれる。
本当に至れり尽くせりで、風邪が治ったらしっかりお礼をしないといけないと働かない頭の片隅で考えた。

今なら何でも聞いてくれそうな勢い。
しかしながら、そんな彼女の優しさに付け込むようなことをしていいのか、と目を合わせられなくなってしまう。



「その…キスしてもらえたら早く治るかなって……」
「…お医者さんが非科学的なこと言わないの」
「病は気から、って言うじゃない…」
「はいはい、治ったらしてあげるから早く寝てください」
「うぅ……」



さすがに駄目か。
当たり前と言えば当たり前なんだけれども、今なら聞いてくれそうな気がしたんだけど……いや、桜月に風邪が移っても困るし、これで良かったんだ。
うん、そうだ。早く寝て早く熱を下げよう。
そうすれば心置きなく触れ合える。

そう思っていたら食器を片付けに行ったはずの桜月が戻ってきた。
何か忘れ物だろうか。

彼女が枕元まで来たと思えば、マスク越しのキス。



「早く治して、マスクなしでキスしてよ」



嗚呼、僕の彼女はなんて優しくて可愛いんだろう。
不意打ちのキスに更に熱が上がる感じを覚えた。


*マスク越しのキス*
(ねぇ、今日一日熱が上がらなかったからもう大丈夫だよ)
(…良かったね)
(キス、していい?)
(脈絡なさすぎ)
(早く治してマスクなしでキスしてほしいんでしょ?)
(べ、つに…サクラがしてほしいって言ったんじゃない)
(じゃあ、しない?)
(……する)


fin...


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