コウノドリ

□ごめんは言わない約束
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「桜月、何にする?」
「うんー……悩む…」
「どれで悩んでるの?」
「モナカアイスとこっちのカップ。どっちも新作なんだよね…」
「じゃあ2つ買って半分こしよう」
「うん…!ありがと!」



食後、歩いてすぐのコンビニまで行こう、となった。
その道中、珍しく手を繋ぎたいという彼女のお願いを断る理由もなく。
僕と彼女の職場とマンションが近いこともあり、一緒に出かける時はマンションから離れた場所でもない限り手を繋いだり腕を組んだりすることはほとんどない。
同僚や知り合い、お互いの職場の患者や保護者、とにかく生活圏がかぶっているのでこの生活圏の中では極力人目につくことはしたくない、という彼女の持論である。
僕は気にしないけれど、彼女がかなり気にしているのでそこは彼女に合わせている。

今日はくっついていたい気分なんだろう、と思っていたがコンビニの中でも手は繋がれたまま。
嫌だとかそういう気持ちは全くない。
寧ろ彼女からそう言い出したことは嬉しい。
が、どうも調子が狂う。



会計を済ませて帰路に着けば、また自然と繋がれる指先。
考えてみれば現在の時刻は21:30。
この時間に彼女の職場の誰かに会う可能性は低い。
同僚や知り合いに会う可能性はあるかもしれないが、彼女のクラスの子どもやその保護者に会うのはそうそうないだろう。
それならば遠慮する必要もないか。



「たまにはいいね、夜の散歩」
「うん?」
「だって桜月と手が繋げる」
「…この時間なら大丈夫かな、って思って」
「だと思った」
「いつもごめんね、気にし過ぎで面倒くさくて」
「それなら僕こそ手を繋げるところになかなか行けなくてごめんね、だよ」



お互いに謝ればおかしくなって同時に吹き出す。
こういう、何てことない時間が愛おしい。
もう少しだけ続けばいいのに、という願いは無慈悲にもスマホの着信音によって切り捨てられた。



「もしもし…うん、うん…32週ね、分かった……すぐ行く」



病院からのオンコール。
お産に休みはない。
そう、どんな時だって。



「ごめん、桜月」
「何で謝るの?ほら、行ってらっしゃい」
「…うん」



彼女がいつか言っていた、男の人は財布とスマホさえあればすぐ出かけられるから楽だよね、と。
そんな場違いなことを思い返しながら、そっと彼女から手を離した。



「アイス、食べちゃっていいから」
「うん、気をつけて」
「行ってきます……あ、そうだ」



病院に向かって走り出そうとした足をもう一度彼女に向けて。
え、と呆気に取られている彼女の額にキスをする。



「っ、サクラ…!」
「アハッ、これだけ許して?」
「もうっ!」



帰ったら一緒に食べよう、なんて叶わない約束はしない。
今夜は満月。きっと忙しくなるはずだ。

もう何度目になるか分からない彼女への謝罪を胸にしまい込んで今度こそ走り出す。


*ごめんは言わない約束*
(……あ、アイス残ってる。
『半分この約束だからね』か…)


fin...


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