コウノドリ

□デート当日
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オンコールで呼び出されることもなくゆっくりと館内を回り、気づけば時計の針は15時を指していた。
食事の後も人が多いからという理由で手は繋がれたまま。
お陰で手の温もりにばかり意識が取られて魚の鑑賞どころではなかった。



「そこの公園行こうか」
「あ、はい」



ちょっと待ってて、とベンチに座らせられる。
お昼以外はほぼ立ちっぱなしで足が浮腫んできていたのは事実。
足首を回したり伸ばしたりしていれば、缶コーヒーを手にして鴻鳥先生が戻ってきた。



「どこかカフェとかの方が良かったかな」
「いえ、人の多さに疲れてたのでこっちの方が落ち着きます」



水族館は昼を過ぎた辺りから人が更に増えて、平日だというのにどこから沸いて出たのか、と思うほどだった。

コーヒーを差し出され、すみませんと素直に受け取る。
昼食も財布を出しかけたところで制されてしまい、結局何から何までご馳走になってしまった。



「何から何まですみません…」
「だから気にしないでいいよ。僕から誘ったんだし、ね?」



ベンチの隣に腰掛けて缶コーヒーのプルタブを開ける鴻鳥先生。
いただきます、と挨拶してからそれに倣う。
口に運べばコーヒーの苦味が口の中に広がる。
朝から何かと緊張し続けていて、ようやく少し肩の力が抜けた感じがする。



「そういえばさ、高宮」
「はい」
「昨日の返事、聞かせてよ」
「っ、」



昨日の返事、とは……分かっている。

パーソナルスペースに入られることが私ならば嫌ではないと言われたことも、今日のお出かけに誘ったことも先輩後輩の関係の一言で終わらせるつもりはない、と。
全て本気だと言われた。



「返事、と言われたら、私も鴻鳥先生がパーソナルスペースに入ってくることも嫌ではないです……」
「うん、それで?」
「それ…で、今日のお出かけも楽しかったですし、誘っていただいて…嬉しかったです」
「うん、僕も楽しかった」
「……何か、鴻鳥先生狡くないですか?」



これではまるで誘導尋問だ。
答えはもう分かっているようなものなのに、言わされてる感が強い。



「ごめん、高宮が可愛くて意地悪した」
「だから可愛くはないですって」
「可愛いよ、今日出かける為にオシャレしてきてくれたこともだけどさ。
いつも思ってるよ、すごく可愛いって。
冷静に見えて意外と感情が顔に出やすいところとか」
「えっ、」
「今日とっても楽しそうにしてくれて良かったよ。
それに仕事中も…赤ちゃんが生まれた時、最高に嬉しそうな顔してるよ?
あと……助けられなかった時、陰でこっそり泣いてるところとか抱き締めたくなる」
「こ、鴻鳥先生……」
「かなり勉強熱心なのにそういうところを表に出さないところとか甘い物が苦手なのにお弁当の卵焼きは甘くないとダメとか実は虫が苦手とか」



どうしよう、恥ずかし過ぎる。
……こんなに見られていたなんて、知らなかった。



「これからはもっと側で高宮のこと見ていたい」
「それ、は……」
「勿論先輩として、だけじゃなくてね」
「っ、」
「高宮のこと、好きだよ」
「わ、たし……」
「僕と、付き合って欲しい」



真っ直ぐな瞳、真っ直ぐな飾りのない言葉。
目の前がクラクラする。
本当、に?

憧れていた鴻鳥先生と出かけられただけでも十分なのに、付き合う?
鴻鳥先生と?私が?



「……高宮?」
「あ、の……」
「うん?」
「私…も、好き、なんだと思います、鴻鳥先生のこと」
「、……え?」
「気づけば仕事中も目で追ってるし、業務上必要な会話してるだけなのに加江にヤキモチ妬いてるし」
「え、」
「普段は穏やかなのに手術の時の真剣な目とか患者さんへの親切な対応とか、先輩として尊敬してたのに…」



いつからだろう、尊敬に似た別な感情へと変化していたのは。
いつからだったか、特別な表情を自分だけに向けて欲しいと思うようになったのは。



「尊敬してた、のに…?」
「……いつの間にか、好きになってたみたい、です」
「じゃあ…」
「私で良ければ、よろしくお願い、します…」



恥ずかしくて顔が上げられなかったけれど、ちゃんと伝えたい。
そう思って顔を上げて想いを伝えれば、引き寄せられて気づいた時には鴻鳥先生の腕の中にいた。



「……断られたらペルソナ辞めるところだったよ」
「そういうの冗談でも止めてください。鴻鳥先生に辞められたら産科が回りません」
「ごめん……でも、良かった。………桜月が同じ気持ちで」
「っ……」



名前を呼ばれて心臓がまた一段と鼓動を早くする。
このままでは心不全でも起こしてしまいそうなほどだ。
息苦しい。

ちょっとだけ離して欲しい、と言いかけたところで鴻鳥先生の胸ポケットに入っていたスマホから着信音が流れた。
が、電話に出ようとする気配が見られない。



「………先生、出てください」
「はぁ……もしもし?四宮、どうしたの…えっ、うん………うん、分かった。駅前にいるからすぐ行く。
え、高宮?一緒だけど……分かった、連れて行く」
「何かあったんですか?」
「隣駅で脱線事故、コードブルーだから一緒なら連れて来いって」
「駅で脱線事故……」
「急ごう、妊婦さんも運ばれてくるって」
「分かりました!」



先程までの空気が一変して、医師の顔になった鴻鳥先生を見て、あぁやっぱりこの人のこういうところが好き、と思ってしまう辺り重症なのかもしれない。



「休みなのにごめん」
「いえ、その状況なら人手は多い方がいいはずです」



お産に休みはないように、今はこの手で一つでも多くの命を救えるのなら。
休みなんていくらでも返上しよう。

もし、その後で落ち着けるならばまた続きを、なんて願わなくはないけれど。


*デート当日*
(高宮)
(四宮先生…お疲れ、様です……)
(休みの日に悪かったな)
(いえ、お母さんも赤ちゃんもみんな無事で良かったです)
(サクラと出かけてたんだろ)
(っ、……あの、その件については他の人には…)
(休み返上したお前に免じてしばらくは黙っておいてやる)
(ありがとうございます…!)


fin...


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