コウノドリ

□飲み過ぎにはご注意を
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足元が覚束ない桜月を休ませる為にコンビニで水分を買ってから近くの公園のベンチへ腰を下ろす。

彼女の隣に座れば、肩に彼女の頭が預けられて深い溜め息が聞こえた。



「大丈夫?」
「あまり、大丈夫じゃ…ないです……」
「ペース早かったもんね。はい、お水」



ペットボトルのキャップを開けて桜月に渡せば、すみませんと小さく呟いた後でゆっくりと喉へ流し込んでいく。

深い溜め息の後でもう一度、身体を僕に預けてくる彼女がどうしようもなく可愛くて。
そっと肩を抱けば、恥ずかしがって離れることもなく更に擦り寄って来た。



「珍しいね…?」
「だって、加江も、小松さんも、ひどいんだもん」
「うん?」
「鴻鳥先生なんかのどこがいいのって、」
「あぁ…そんなこと言ってたね」



我ながら酷い言われようだとは思ったけれど、口を挟めば倍以上の言葉が返ってくるのは分かりきっていたので聞き流すようにしていた。
しかも酒の席での話だ。真に受けるつもりはない、と思っていたが聞き流すことができなかったのは彼女の方だったようで。



「優しくて、カッコよくて、患者さんにはいつも笑顔で、カイザーの手際はめちゃめちゃ良くて、ピアノまで弾けて、こんなに素敵な人なのに」
「……桜月、酔ってるね?」



こんなことを素面で言う子ではない。
アルコールにはある程度の耐性はあるはずだが、それでもこんなことを言うのは彼女の許容量を越えてしまっているのか。
顔色を窺おうと少し身体を離せば、イヤイヤと首を振って腰に抱きついてきた。
………彼女は酔っている。かなり酔っている。



「桜月?」
「サクラさん…は、すごーく素敵な人なんです。
女心の欠片も分かってないなんて言ってたけど、ちゃんと私のこと見てくれてて…困った時は助けてくれるし、疲れてる時は優しくしてくれるし、」
「………うん」
「何で、こんなにタイミングいいのって、くらいカッコよく現れるスーパーマンみたいで、」
「えー、と…」



何だこの子。
僕のことを褒め殺しにするつもりなのかな。
普段、あんなに恥ずかしがって『好き』の一言も言わないのに。
抱き締めれば真っ赤になって離れようとするのに。
何だこの可愛い生き物は。



「でも、サクラさんがこんなに素敵な人だって分かったら、みんな好きになっちゃうから、それはダメ。
だって、私の彼氏だもん」
「っ……桜月?そろそろ帰ろうか。
ね?明日も仕事だし」
「いや」
「…嫌、って……」
「はなれたくない」



駄々っ子のように首を振りながら、ぎゅうぎゅうに抱きついてくる桜月。
そうか、普段自分で制限をかけている分、酔うと箍が外れてこんなにも甘え上戸になるのか。
可愛いは可愛いけれど、困りものでもある。
彼女の酔いが覚めるまで、このまま公園にいる訳にもいかない。



「ほら、部屋まで送るから」
「いやっ」
「、……そんな風に可愛く言っても、ダメ」
「…サクラさんは、私と一緒に、いたくないですか?」
「そういうことじゃ、なくてね…」



参った。
甘えてくれるのは非常に嬉しいが、この状況はよろしくない。
とにかく彼女を部屋まで送ろう。



「ほら、行くよ?」
「いーやー」
「桜月」
「かえりたくない」
「、……………もう、知らないよ」



半ば無理やりに立たせて、マンションへ向かう。
彼女の住むマンションではなく、僕のマンションへ。

帰りたくないとまで言われて、黙って帰してやれるほど優しくはない。
彼女はベッドに寝かせたらそのまま眠ってしまうかもしれないけれど。

いつまでも人畜無害で優しい鴻鳥先生ではないことを、そろそろ分かってもらいたいものだ。
それに…これだけ煽ったんだ、彼女には明日の朝多少慌てふためいてもらわないと割に合わない。



「サクラさーん…?」
「何?」
「好きー」
「………僕もだよ」
「ちゃんと言ってくれないと、いやですー」
「全く……」
「サクラさん大好きー」



部屋に連れ込んだなんてバレたら送り狼扱いは間違いないな、と苦笑しながら部屋の鍵を開けて彼女を室内に引っ張り込めば、再び抱きつかれて、また可愛い言葉。
もう一生分と言ってもいいくらいに甘えられて可愛い言葉を吐き出されたのではないだろうか。



「僕も好きだよ、桜月」
「んー……」



そっと上を向かせて、そっと口付ければ満足そうに微笑んだ後、全身から力が抜けて凭れかかってくる。
驚いて顔を覗き込めば、気持ち良さそうに寝息を立て始めていた。

全く……生殺しもいいところだ。

今度はこちらが溜め息を吐く番となった。
靴と上着を脱がせてベッドまで横抱きで連れて行き、そのまま隣に横になればそれなりにアルコールが回っているようで眠気に襲われる。

あぁ、きっと明日の朝は桜月の驚いた顔が一番に目に入るんだろうな、なんて思いながら、ゆっくりと意識を手放した。


*飲み過ぎにはご注意を*
(っ、頭痛い……)
(あぁ、起きた?おはよう)
(…何で、鴻鳥先生が……ここ、どこ…ですか?)
(僕の部屋。ちなみに今は朝の6時)
(え、)
(昨日の夜、帰りたくないって言うから連れて帰ってきたんだよ)
(うそ、えっ…えぇ?)
(やっぱり覚えてないね……あんなに可愛いこと言ってくれたのに)


fin...


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