コウノドリ

□寂しさの裏返し
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「……お疲れ様でした」
「お疲れ」
「四宮先生のウソつき。協力してくれるって言ったのに……」
「サクラの嫉妬オーラが面倒なんだよ、明日も同じだったら全部バラすからな」
「………お先に失礼します」



ついに定時となってしまった。
通用口で待ってる、とメールが入っていて、もう逃げられない。
恨みがましく四宮先生を睨めば、にべもなく裏切られた。

ゆっくり歩いても通用口までの距離は変わらず、あっという間に着いてしまう。
姿を探さなくても目に入ってきた、大好きな人の後ろ姿。



「お疲れ様です、お待たせしてすみません」
「お疲れ」



空気が重い感じがするのは、気のせいだろうか。
お互いにお互いの出方を見ているような、そんな微妙な空気。
鴻鳥先生が隠久ノ島に行く前はどんな風に話をしていた?



「夕飯、どうしようか」
「え、えーと…どこかのお店でテイクアウトにしますか?先生もお疲れでしょうし」
「じゃあそうしようか」
「この前、沙織さんが教えてくれたバルがテイクアウトもやってると言ってたんですけど、えーと…どの辺りだったかな」



バッグの奥底に紛れ込んでしまったらしいスマホを探していたら、不意に腕を掴まれた。
突然のことに顔を上げる。
それはたぶん相当マヌケな顔をしていたのだろうけれど、表情を作る暇すらもなかった。



「ごめん、やっぱり一度部屋に行きたい 」



通りに出てタクシーを捕まえるとそのまま乗り込んで、運転手に鴻鳥先生のマンションの住所を告げる。
いやいや、歩いて10分もかからないのにタクシーなんて、と思ったがどうにも口を挟むことができなかった。



「あの、先生っ…腕、痛い…」
「……ごめん」



病院の前から掴まれていた腕がそろそろ痛い。
タクシーを下りて痛みを訴えれば、申し訳なさそうに離されて。
私よりも鴻鳥先生の方がどこか痛そうで、離れていった手を思わず捕まえてしまう。



「うん?」
「あ、いや…その……」
「部屋、行こうか」
「、はい…」



そっと手を繋ぎ直されて、エレベーターに乗り込む。
いつもなら他愛もない会話に花が咲くのに、今はただ静かにエレベーターの上昇していく音だけが響いていた。



「お邪魔、します」
「どうぞ」



部屋に入れば繋いでいた手を引かれて、気づけば鴻鳥先生の腕の中に収められていた。



「せ、先生…?」
「ちょっと見ない間に成長するのは赤ちゃんだけじゃないなぁ…」
「えっ?」
「高宮も、少し会わない間に成長してて、嬉しいけどちょっと寂しいかも」



プライベートで高宮、と名字を呼ばれたのはいつ以来だろう。
少し胸が痛むけれど、私だってさっきから先生、と呼んでしまっている。



「わ、たしも……」
「うん?」
「いえ、私の方が寂しかったです…!」



意を決してサクラさんの背中に腕を回す。

そう、ずっと寂しかった
隠久ノ島に行くことを一人で決めてしまったこと
行ったら行ったで連絡が一切なかったこと

思いの丈を全て吐き出した。
言葉にしないときっと今の彼には伝わらない。



「鴻鳥先生が…サクラさんが最近ずっと何か考えているのは知ってました。
でも、せめて皆に話す前に、一言でも言ってくれればいいのに……
確かに四宮先生や小松さんに比べたら医者としてはペーペーで全然頼りないですよ。
それでも、何も、言われなかったら…私はサクラさんの何なの、って思うじゃないですか…っ……」
「ごめん…」



謝ってほしい訳じゃない。
こんな風に、責めるみたいに言うつもりはなかったのに。
ただ、寂しかったですよ、次からは話してくださいね、って笑って言いたかったのに。

まだまだ私は大人になりきれない。



「ごめん、今朝…四宮と話してる姿を見て何か急に僕から離れていっちゃった気がして、僕がいなくても平気なんだな、寂しくなかったんだな、って思っちゃってね」
「平気な訳、ないじゃないですか……すごく寂しかったです。
行く時も、帰って来る時も、いつなのか教えてくれないですし…筆不精なのは知ってますけど、メールの一通もないですし」
「うん、ごめん。
『もう少し高宮の気持ちも考えてやれ』って四宮にも言われたんだ」
「……四宮先生に?」
「相談したんでしょ。寂しいは寂しい、って」
「……秘密にしてくださいって、言ったのに…」



すっかり冷たくなってしまったサクラさんのバンドカラーシャツの胸元。
申し訳なくてそっと離れれば、両手で頬を包まれてそのまま上を向かされる。



「桜月」
「っ、今…名前呼ぶの、狡いっ……」
「ごめんね、桜月。勝手に決めて勝手に行ってきて。
どこかで桜月なら分かってくれると思ってた」



ピアノだけじゃない。
サクラさんの全てが私の心を震わせて止まない。
自分にこんなにも弱い部分があることを今まで知らなかった。



「寂しかった……会いたかった、声聞きたかった…!」
「うん、僕も」
「サクラさんのバカ…」



こんなにも自分の感情を止められないことが、かつてあっただろうか。
私の目から零れる涙を拭いながら、ひたすらにごめんね、と言われたら尚更に止めることができない。



「何か、考え込んでるのは、知ってましたっ…」
「うん、黙っててごめんね」
「一人で、背負い過ぎないで、くださいっ……」
「………ますます四宮に似てきたなぁ…」
「、え?」



苦笑気味に笑ったサクラさんから顔中にキスを落とされる。
恥ずかしさとくすぐったさで目を閉じれば、ふふっと笑われた気がした。



「僕がいなかった間、何があったか教えてよ」
「……サクラさんこそ、島で何してきたか教えてくださいね」
「うん、そうだね……とりあえずご飯買いに行って来るよ。
さっき言ってたバルのテイクアウトでいい?」
「私も行きます、よ?」
「うーん……泣き顔の子を連れて歩いたら僕、変な目で見られそうだなぁ」



すぐ戻るから待ってて、ともう一度キスを落として部屋を出ていくサクラさん。
ふと鏡を見れば確かに、こんな状態で外に出るのは止めておいた方が良さそうだ。
……サクラさんが戻るまでに少し直しておこう。
今夜は長くなりそうだから。


*寂しさの裏返し*
(ただいまー)
(おかえりなさい、って随分買いましたね…)
(桜月が好きそうなのたくさんあって…つい、ね)
(そう、ですか)
(さ、食べながらたくさん話そう。ね?)
(、はいっ…)


fin...


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