コウノドリ

□昼下り
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不意に会話に入ってきた聞き慣れた声に一斉に顔を上げれば、いつものカップ焼きそばではなく院内の売店のビニール袋を下げた鴻鳥先生が立っていた。



「桜月……、ごめん!私仕事思い出した!」
「えっ」
「悪リィ、俺もちょっとベビーの様子見てくる!」
「ちょっと……何だあれ…」
「隣、いい?」



嵐のように去っていた同期二人の背中を見送る。
呆気に取られているとにこりと笑いかけながら私の返答を待たずにベンチの隣に腰を下ろす鴻鳥先生。
持っていたビニール袋から取り出したのはパンの袋。



「今日は何にしたんですか?」
「焼きそばパン」
「パンって珍しいですね」
「たまにはね」



お弁当は食べ終わっていてコーヒーもほぼ空。
正直なところ手持ち無沙汰ではあるけれど、こうして二人並んで座っている時間というのも最近あまりない。
休みどころかシフトもかぶらず、恋人らしい時間なんて皆無。
仕事は仕事としても二人で過ごせる時間があるのは純粋に嬉しく思う。



「……桜月が」
「えっ?」
「いや、高宮が可愛いのは知ってたけど、他の科の先生までそういうのはちょっと妬けるなぁ」
「別に、可愛くないです…」



いくら周りに誰もいないとは言え、ここは職場。
そういう発言は控えてもらいたい。
そんな私の内心なんて知る由もない鴻鳥先生は何てことない顔して焼きそばパンを頬張っている。



「でも、確かに初めよりかなり雰囲気柔らかくなったし、最近笑った顔もよく見るし……僕としては心配かな」
「……心配って何がですか?」
「この前、外科の藤堂先生に食事に誘われてたでしょ」
「…………そんなことありました?」



そもそも外科の藤堂先生って誰?
自分の興味の範疇外のものを覚えるほど私の脳の容量は大きくない。
そんなことあったっけ、と本気で考え込んでしまう。



「…え、ホントに覚えてないの?」
「というより、藤堂先生ってどんな先生でしたっけ?」
「あぁ……うん、何かごめん。僕の取り越し苦労だったみたい」
「退勤後の貴重な時間を顔もよく覚えていない人と食事するのに使うくらいなら病院に残って仕事してた方がマシです」



それ、ワーカホリックみたいな台詞だよ、と笑う鴻鳥先生。
せめてワークエンゲージメントが高いといってほしい。



「それに……」
「うん?」
「そんな暇あるならサクラさんと一緒にいたい」
「…………その顔、僕以外の人の前ではダメだからね」
「え?」
「可愛すぎ」



だから可愛くないです、と発しようとした言葉ばサクラさんの唇によって塞がれた。
あまりに突然過ぎて咄嗟に反応ができない。



「今日やっと二人共、日勤だしご飯行こうか」
「……っ、サクラさんっ、ここ病院っ…!」
「大丈夫、誰もいないの確認したから」
「そういう問題じゃ……」
「嫌?」



そういう聞き方はズルい。
答えなんて分かっているクセに。



「知りませんっ」



素直に答えるのも悔しくてパッと離れて屋上を後にする。
後でメールするよ、と投げられた言葉に軽く振り返り小さく頷けば、ますます笑みが深くなるサクラさん。

女の扱いが分かってきたというより、私の扱いが上手になったというのが正解な気がする。
火照る頬を押さえながら医局へと足を向ける。
何だかもうこれだけで午後の仕事も頑張れそう。


*昼下り*
(桜月先生、何か良いことあった?)
(小松さん…何でですか?)
(何かちょっと楽しそう)
(………いえ、特には)
(へぇ〜?今日は鴻鳥先生とシフト一緒だからもしかしてデートかな〜?と思ったんだけど)
(デ、デートなんて……ただ食事行くだけです)
(あぁ…もう、最近桜月先生が可愛くて仕方ないわ)


fin...


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