コウノドリ

□貴女らしく私らしく
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「田中さん、大丈夫ですか?」
「いったたた……」



私達が病院に着いたとほぼ同時に搬送されてきた田中さん。
後方後頭位による進行停止。
赤ちゃんの心拍が若干下がってきていて余力がなくなってきているのが分かる。



「田中さん、正直に言えば帝王切開で赤ちゃんをいち早く出産してあげるのがベストです」
「っ、分かってるよ……院長先生が、こっちの病院に行った方がいいって言うってことは、そういうことなんだって…覚悟はしてきた」
「田中さん……」
「それに、先生は約束、守ってくれたもんね…っいだだだだ…」



お願い…します、と強く手を握られた。
田中さんの覚悟に応えるように手を握り返す。



「鴻鳥先生、小松さん」
「うん、帝王切開の準備始めよう」
「了解!田中さん、赤ちゃん頑張ってるからねー!お母さんも頑張ろうね!」
「エヌには僕から連絡しておくよ」
「お願いします。オペ室と麻酔科には私、連絡入れます」



慌ただしく帝王切開の準備が始まった。
先程、田中さんにも伝えた通り赤ちゃんの余力がなくなってきている。
一刻も早く取り上げないと。



「帝王切開術、始めます。お願いします」
「お願いします」



一刻も早く赤ちゃんを出産させるなら、鴻鳥先生に執刀してもらうのが一番なのは分かっている。
それでも、担当医として約束を果たしたい。
術前にそう申し出れば、元からそのつもりだったと笑顔で返される。
あぁ、全てお見通しという訳だ。



「田中さーん、お腹押しますね。ちょっと気持ち悪いかもしれないけど、我慢してくたさいねー」
「もう少し……赤ちゃん生まれます!」



取り上げた赤ちゃんは臍帯を切るとすぐに産声を上げた。
良かった、元気そう。



「おめでとう、ございます…!」
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」



赤ちゃんと対面した田中さんの顔は本当に幸せそうで。
あぁ、良かった。
出血も多くないし、問題なさそう。



「高宮先生…?」
「どうしました?気分悪いですか?」
「ううん、そうじゃなくて…ありがとう、約束守ってくれて」
「いえ、こちらこそ」



無事に手術は終了。
お母さんも赤ちゃんも元気に出産を終えることができた。
田中さんは思っていた出産と違っていたかもしれないけれど、母子共に健康で本当に良かった。



「いやー、お疲れ様!」
「小松さんもお疲れ様でした、…あ、四宮先生。連絡ありがとうございました」
「あぁ」
「オペ録は明日でいいから帰ろうか」
「何、どうした?もしかしてお取り込み中だった?」
「僕らオンコールじゃないんですよ…明日も普通に仕事なんで」
「そういうこと……じゃあさっさと帰りなよ。次のお産始まったら帰さないよ〜?」



当直でもない、しかもサクラさんと一緒にいられる日に病院に泊まるのはできれば遠慮したい。
開きかけたパソコンから手を離して、もう一度お疲れ様でした、と声をかけてから病院を後にする。
































「何か…すみません、サクラさんまで巻き込んでしまって」
「全然?夜道を一人で歩かせるつもりなかったから夜一緒にいる時に呼び出されたら一緒に行くつもりだったし」



サクラさんの部屋に戻ったのは23時を過ぎていて、これからお風呂に入って就寝の準備をすると眠りにつけるのは0時を過ぎてしまう。
朝は弱くはないけれど、折角オンコールから外れている日勤なのだから早めにベッドに入りたかったな、と時計を見ながら考えていたら不意に後ろから抱き締められた。



「サ、クラ…さん?」
「んー?」
「どうされました…?」



やけに力強い。若干痛みもある。
彼からのいつもと違う抱擁。
顔も見えなくて少し不安になってしまう。



「続き覚悟してね、って言ったけど…」
「……あ、」



バタバタして頭から抜けていた。
そういえば出る間際にそんな話をされた気がする。
数時間前の行為がリフレインして恥ずかしさで身体が熱を帯びる。
そんな私の動揺に気づいたのか、小さく笑ったサクラさんがゆっくりと離れていく。



「流石に止めておくよ、桜月もそんな気なさそうだし」
「ごめんなさい……」



すっかり見透かされている。
でもちょっとだけ、と止める間もなくブラウスのボタンを一つだけ外されて首筋にチクリと痛みが走る。
あっ、と思った時にはもうサクラさんの唇が離れた後で。



「サクラさんっ…」
「アハッ、スクラブから出ちゃうかな」



見なくても分かる。
きっと、紅い跡が付けられたのだ。
しかもスクラブを着たら見えるか見えないかギリギリのところに。



「お預け喰らったんだから…これくらい、いいよね」
「良くないですっ…!」



絆創膏を貼るなんてベタなやり方をしたら、きっと間違いなく小松さん辺りに突っ込まれる。
ファンデーションで隠れるだろうか。
あぁ、もう…翻弄されているのに心地良いなんて、すっかり彼に溺れてしまっている。



「続きはまた、今度…ね?」
「お手柔らかに…お願いします」
「うーん、今日の分も合わせたら、お手柔らかには無理かもね?」



サクラさんはよく自分のことを『重症だ』なんて言うけれど、いたずらっ子のように笑うサクラさんに胸がきゅんとしてしまう辺り、きっと私も重症なんだと思う。
だから、



「サクラさん」
「ん?…っ、」



身長の高いサクラさんの首に腕を回して引き寄せてキスをする。
私からキスなんて初めてのことかもしれない。



「これで…埋め合わせに、なりますか?」
「煽るなぁ……やっぱり今からベッド行く?」
「遠慮させていただきます」



背中を支えられて、もう一度キス。
唇を離して至近距離で笑い合う。
甘くて蕩ける夜はお預けだけど、貴方と私らしくてこれでいい。


*貴方らしく私らしく*
(あぁー……もう、離したくないなぁ)
(いや、お風呂入れるので離してください)
(んー…あと10秒、いや…あと10分)
(サクラさん、離す気ないです?)
(だからあと30分)
(もう、サクラさんっ)


fin...

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