コウノドリ

□夜空に願いを込めて
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公園を出てからまたお祭り会場に戻り、屋台を冷やかしながらゆっくりと歩く。
やはり焼きそばは外せないようで、真っ先に買いに並んだ時には吹き出してしまった。



「うん?」
「いえ、焼きそば好きですよね、と思って」
「好きって言うか…僕の主成分だからね」
「ふふっ、主成分って」
「カップ焼きそばとコーヒーと水と、あとは桜月がいれば生きていけるかな」
「サクラさん……」
「ん?」
「もう少し食生活見直しましょう、もし必要ならお弁当作りますから」
「……本気で返されると返事に困るなぁ」



あまり困っていないように笑っているけれど、こちらとしては少し心配になる。
料理が得意でないのは承知しているが、毎日毎食のようにカップ焼きそばでは栄養が偏るどころの話ではない。



「まぁお弁当は大歓迎だけど」
「本気にしますよ?」
「桜月の負担にならないなら是非」



そんな軽口を叩き合っていれば、長蛇の列もあっという間に順番が回ってくる。
焼きそばにフランクフルト、たこ焼き、りんご飴。
次々に買おうとするサクラさんをそんなに食べられないです、と止めるくらいで、まるで子どものようにはしゃぐ彼の姿が何だか新鮮。
気づけばお互い手に袋をぶら下げていて、さすがに持ちきれなくなったところで一度腰を落ち着けて消費することにする。
静かな場所を探せば神社の境内の奥側は人の姿はなく閑静な場所だった。



「サクラさん、買いすぎじゃないですか?」
「仕事の後でお腹すいてるし、こういうのって見たら食べたくなるよ」



子どもの頃、お祭りとか行かなかったし、と呟く彼が少し寂しそうな瞳で賑やかな人混みを眺めていることに気づいた。
どんな子ども時代を送ったかは分からない。
けれど、その寂しそうな瞳が物語っている。



「サクラさんっ」
「うん?」
「あとは何食べますか?」
「え?」
「お祭りらしいもの…わたあめとか、かき氷とか」
「桜月、甘いもの苦手でしょ」
「それは、そうですけど…っ」



私がこんなことを思うのはおこがましいとは思う。
それでも何かしてあげたいと思ってしまうのは、



「僕、愛されてるなぁ」
「サクラさん、」



おいで、と手招きされて少しだけ空いていた間を詰めれば腰を引き寄せられて密着する。
気温だけでない、サクラさんの体温を感じて急に私の中の熱が上がった気がする。
思わず顔を上げれば、薄明かりの中でサクラさんがふわりと笑っていた。



「今、こうして桜月がいてくれるので十分だから」
「サクラさん」
「まぁ寂しいと思うことはあったけど、過去は過去だから、ね?」



そんな顔しないでよ、折角のお祭りなんだから、と頭を撫でられる。

いつもそう。
気を遣わせて
大丈夫と言わせて
守られて
仕事でもプライベートでも何の役にも立てていない。



「笑ってよ…僕、桜月の笑った顔好きなんだから。
産科医はいつもスマ〜イルでしょ?」
「……はい、」



上手くなんて笑えない。
それでも無理やり口角を上げれば、困ったように笑うサクラさんにどうしようもなく切なくなって、気づけば隣に座る彼に抱きついていた。



「大丈夫だって」
「でも、私いつも何の役にも立ててない」
「そんなことないよ?
まぁ寂しい少年時代ではあったけど、今は毎日楽しいし……本当に、桜月がいるから大丈夫だよ。
………そんなに気になるなら、」
「………?」



ぽんぽんと頭を軽く叩かれてサクラさんの脇腹に埋めていた顔を上げれば、ちゅ…と額に口付けられて、途端に顔に熱が集まるのが分かる。
誰が通るか分からないこんな場所で、

いや…抱きついている時点でもう何も言えないのだけれども。



「たくさん思い出作ろうよ。
お祭りも、クリスマスも、お正月も、バレンタインも、ホワイトデーも…あとは何かな、お花見とか紅葉狩りとか?」
「そういうイベントの時もお産はありますけど……」
「お産に休みはないけど……まぁ、それはそれできっと楽しいよ」



桜月と一緒なら全部楽しい、と笑うサクラさんの笑顔が眩しくて、視界がぼやけていくのが分かる。
泣かないの、と目尻を拭う指が優しくて、もうどうにも止められない。

その時、辺りが急に明るくなり、ドンッと大きな音が鳴り響いた。



「あ、」
「いつの間にか花火の時間になってたみたいだね」
「すみません、結局何も食べてない……」
「うん、お腹すいた。泣くのは終わり、ね?」
「……はい」



熱々だった焼きそばもたこ焼きもぬるくなってしまった。
サクラさんが楽しみにしていたのに。
それでもどこか楽しそうなサクラさんがニコニコしながらたこ焼きを一つ差し出して来た。
断る理由なんてなくて、促されるままに頬張ればソースの香りが鼻に抜ける。



「ほら、楽しい」
「そう…ですね、」



夜風が頬を撫でる。
彼のふわふわした髪も揺れて、熱くなった身体を撫でていく感覚が心地良い。

彼の口から出て来た、これから待ち受けるたくさんのイベント。
その全てを二人で過ごすことはできないかもしれないけれど、
二人で過ごしたい、そう思ってもらえるだけでも幸せなことなのかもしれない。
願わくば彼と二人、同じ時が刻めますように。


*夜空に願いを込めて*
(あ、この後一つやりたいことあるんだ)
(何です…?)
(浴衣の帯をくるくるーって脱がせてみたい)
(……あれを実際にやるのは無理ですよ?)
(そうなの?じゃあ実際はどれくらいなのかやってみたい)
(汗かいてるのでできれば遠慮したいです)
(まぁまぁ、きっと楽しいよ)
(きっと楽しいのはサクラさんだけです…!)


fin...


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