コウノドリ

□温もりに包まれて
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「雨、まだ止んでない?」
「そうなんです、小降りにはなってきたんですけどね」



冷蔵庫からペットボトルを2本取り出して、1本を彼女に手渡す。
窓に手を付いて外を見ていた桜月がありがとうございます、とボトルを受け取る。
ボタン1つ外しただけなのに鎖骨の辺りまでざっくりと開けていて目のやり場に困る。



「雨止みますかね……」
「局地的な集中豪雨だと思ってたけど、この降り方だとしばらく止まないかもね」
「そんな感じがします……」



困ったように笑いながらペットボトルの蓋を開けて水を口に含む桜月。
ふと気づけばまだ髪が濡れている。
ドライヤーは脱衣所に置いてあるから、きっと僕のシャワー中は遠慮して入って来なかったのだろう。



「髪、乾かさないと風邪ひくよ」
「すみません、ドライヤーお借りします」
「どうぞ、って桜月が選んだやつだけど」
「それはそうですけど……サクラさんが買ったドライヤーじゃないですか」



湯船に浸かったりシャワーを浴びたり、浴室にいると曲のインスピレーションが湧いてきてタオルドライもそこそこにピアノに向かい、いつの間にか髪が乾いていた、なんてことはザラで。
そもそも最低限の生活用品しか置いていないこの部屋にドライヤーなんてなかった。
それでも少しずつ食器が増え、調理器具が並び出すようになったのは彼女がこの部屋に訪れるようになってから。

ドライヤーもその1つで。
初めて彼女が部屋に泊まりに来るとなった日、そういえばなかったと気づいて彼女が使いたい物を選んでもらった。
自分が使う物なら支払いは自分で、と言っていたけれど、あればあったで僕も使うからと申し出を断ったことを覚えている。
ちなみに僕がそのドライヤーを使ったことは結局のところ、ない。



「乾かして来ますね」
「うん。あ、コーヒーでいい?それとも何か冷たい物の方がいいかな」
「すみません、コーヒーで大丈夫です」
「じゃあ淹れておくよ、インスタントだけど」
「ふふ、ありがとうございます」



彼女が脱衣所に姿を消して、ドライヤーの音が微かに聞こえてきた。

自分以外の誰かがこの部屋にいる。
初めは慣れなくてどうにも落ち着かなかった。
けれど今は彼女が奏でる生活音が心地良いとさえ感じる。



「……♪、♫」
「何だか、楽しそうですね……?」
「うん?あぁ、桜月がいるからね」
「何ですか、それ」



思いの外、早く戻って来た桜月にコーヒーの入ったカップを渡す。
笑いながら思ったことを言えば苦笑気味に言葉が返って来た。
事実を言っているのにどうにも信用されていないように見えるのは何故だろうか。



「そういえば……」
「うん?」
「私の着替え、やっぱり何着かサクラさんの部屋に置かせてもらった方がいいですかね」
「うーん、それは僕も思ったなぁ」
「今度泊まらせてもらう時に置いていきますね」



ソファの定位置に座る彼女の隣に座って、そっと腰を引き寄せる。
髪に顔を埋めれば、同じシャンプーの香りがどうにも愛おしい。



「サクラさん……?」
「今日泊まっていく?というか泊まっていって」
「え、あ……服、乾かないですよね」
「それもそうなんだけどさ」
「…………?」



腕の中で不思議そうに首を傾げる桜月。
仕事中は頭の回転が早いのに、こういう時はどうにも鈍い。



「久しぶりにプライベートで一緒なのに、そんな刺激的な格好されたら帰してあげられるくらいに手加減できない」
「………えっ?!」



咄嗟に腰を引きかけた彼女の腰をホールドして額に口付けを落とす。
それだけでおとなしくなる桜月が可愛くて、今度はそっと唇にキスを落とした。


*温もりに包まれて*
(あ、雨止んだね)
(……そう、ですね…………)
(うん?大丈夫?)
(大丈夫じゃ、ないです……うぅ、サクラさんのばか……)
(ごめんごめん、でも手加減できないって言ったしね)


fin...


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