コウノドリ

□Happy Birthday
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「ただいま……?」
「……おかえり、桜月。久しぶりだね」
「電気点けてよ……ビックリした……」



部屋で待っている、と言っていた割に帰宅してみれば真っ暗な室内。
そっと声をかければ窓の外から入る光の中、ゆらりと動く影。
照明を点ければ、表情が読み取れないサクラがゆっくりとこちらに向かってくる。
心臓が早鐘を打つ。
何だろう、いつもの優しい雰囲気がどこにも見つからない。
一歩ずつ近づいてくるサクラから逃げるように一歩ずつ後退する。
しかし広くもない部屋では逃げ場もない。
すぐに壁とサクラの間に挟まれる。



「サ、クラ……?」
「ねぇ、どこに行ってたの」
「え?」
「これ、何?」



これ、と目の前に見せられたのは……Blues Alleyの予定表のコピー。
ピアノが空いている日、それに加えてサクラの当直日、BABYのライブ日を書き込んで絶対にサクラに練習風景を見られないように予定を組んだ。
何も知らずに見れば、これは……



「まさか、賢ちゃんと会ってたとは……」
「いや、ちが……」
「僕なんかと違って賢ちゃんは楽しいし、会ってる時に突然仕事の呼び出しされることもないし、そりゃそうだよね」
「ちょ、サクラ、」
「賢ちゃんに聞いたけど桜月との約束だから本人から直接聞いたらって取り付く島もないし」



取り付く島もないとはこちらの台詞である。
しかも何気に引っかかるような言い方して……と確実にこの状況を楽しんでいる滝を恨まざるを得ない。
さて、どうしようか。
完全に誤解をしているサクラだが、生憎そのような事実は一切ない。
そもそも滝さんは既婚者だ。
かと言ってこの状況で何を言っても恐らく彼の頭には言葉が入っていかないだろう。
仕方がない、本当は当日まで黙っておくつもりだったが背に腹は変えられない。



「サクラ」
「何?」
「心配かけたのはごめん。ちゃんと話す。
その前にサクラの部屋に行きたい」
「……ここではダメなの?」



真っ直ぐに、目を見て伝えれば少し戸惑いがサクラの瞳に映る。
ここではダメ、正確にはここでは無理なのだが、余計な言葉は余計な不安を与えるだけ。
サクラを見つめたまま深く頷けば、ふぅ……と息を吐いてそっと離れていく。
それを了承と受け取って、必要なものを手に取ってサクラの部屋へと足を向けた。







































サクラの部屋に入り、そのままピアノ部屋を目指す。
サクラも後をついて来ているのは分かる。
でも流石に私が何をするかまでは分かっていない。
分かられても困るのだけれども。

いつもとは逆に、小さなソファにサクラを座らせてピアノのスツールに腰を下ろす。
何度も練習したけれど、正直自信はない。
練習しても彼ほどの滑らかな指の動きは真似できないし、何なら最後まで間違えずに弾き切った回数は数えるほどである。



「……桜月?」
「最初に言っておくけど……本当はもう一日練習するはずだったんだからね」
「……?」



深く息を吸い込んで、鍵盤に指を乗せる。
技術はなくてもハートがあれば大丈夫、練習を始めた頃に滝に言われた言葉を思い出す。
お願い、伝わって
静かに曲を始めれば、後ろでサクラの息を呑む音が聞こえた気がした。


Baby,God Bless You
―サクラ、貴方に祝福を










































「はぁ……」



何とか最後まで弾き切った。
途中、何度も指が縺れそうになった。
止まらずに弾き終えることはできたが、決して他の人の前で演奏できるレベルでないことは自分自身が良く分かっている。
……もし、あと一日練習できたとしても大差がなかったことも。



「分かったと思うけど、っ?!」



覚悟を決めてスツールの上で半回転して後ろを振り返ったと同時に強く抱き締められた。
身動ぐことも二人の間に隙間もできないほどに強く、



「痛っ……」
「、ごめん……でも、嬉しくて……」



小さく声をあげてしまった。
すると、少しだけ腕の力が緩む。



「ごめんね、あんまり上手く弾けなくて。
やっぱりピアノは苦手」
「そんなことない……すごく、たくさん練習してくれたでしょ」
「えぇ、ほぼ毎日。滝さんに頼んでピアノ貸してもらったりサクラがいない日に部屋に忍び込んで弾いたり、あと仕事の練習用に買った電子ピアノを出してみたり」
「忙しいのに……」



ぎゅっ、とまた腕に力が込められた。
そっと背中に腕を回す。
こんなに喜んでもらえるなら、頑張った甲斐があった。



「本当は、ね……」
「うん」
「誕生日当日まで練習して、驚かせようと思ってたの」
「……なるほど」
「でも、ごめんね。逆に不安にさせたね」



普段は素直に言えない言葉も今なら言える。
貴方を安心させる為なら、いくらでも言葉を紡ぐよ。



「サクラ?」
「うん?」
「すき、だいすき」
「っ、何で……」
「不安にさせてごめんね、でも私にはサクラだけだから」



一日早い誕生日プレゼント。
当日はもっとちゃんとお祝いするよ。
だから今はたくさんの言葉を貴方に。


*Happy Birthday*
(ねぇ、もう少し練習して明日もう一回弾かせて?)
(じゃあ僕が教えてあげるよ)
(それって誕生日プレゼントになる……?)
(いいの、桜月が隣にいることが何よりのプレゼントなんだから)
(………)
(恥ずかしいからって、そこで黙らないでよ)


fin...


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