コウノドリ

□聖なる夜は貴方と二人
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食後は『約束してたから』とサクラさんがピアノを弾いてくれた。
考えてみれば昼間はママの家でたくさんピアノを弾いてきたはずで、疲れているのではないかと思って聞いてみたけれど、



「子ども達向けの曲と桜月の為に弾く曲は違うから」



と、事もなげに返された。
部屋の照明を間接照明だけにして、この日用にと買っておいたキャンドルに火を灯す。

私の為だけのクリスマスコンサート。
バラードから始まり、軽やかなタッチでクリスマスソングをメドレーにして彼の指先からメロディが奏でられる。
普段はピアノの後ろにあるソファで聞かせてもらうことがほとんどだけれど、今日はスツールの隣に椅子を置かせてもらい、間近で聞かせてもらう。
何て贅沢な時間。
けれど仕事の疲れと程良いアルコールの入り具合で、心地良くなってきてしまって。



「……眠い?」
「大丈夫、です……」
「あんまり大丈夫そうじゃないけど、そろそろ寝る準備しようか?」



楽しそうに笑うサクラさんの指に頬を撫でられる。
リビングは暖かいけれど、ピアノ部屋は暖房を入れたばかり。
冷たいピアノに触れていた彼の指先は普段よりも冷たくて、ほんの少し眠気が遠のいた。

そこでまだ渡していないプレゼントの存在を思い出して、落ちかけた瞼をゆっくりと持ち上げた。



「うん?」
「プレゼント、渡してない」
「そういえばそうだったね」



寝ちゃったら枕元に置こうと思ってたよ、なんて笑うサクラさんの指先がゆっくりと離れていく。
少しだけ寂しさを覚えながらも当初の目的を果たす為、バッグと共に置いておいた真紅の紙袋を取ってサクラさんの隣に座り直す。



「改めて、メリークリスマス、です」
「じゃあ僕からも、メリークリスマス」



お互いにプレゼントを渡して、受け取る。
こんな些細なことにも幸せを感じてしまう辺り、我ながら単純だと思う。
それでも私以上に嬉しそうに笑う彼の笑顔が何よりも胸の奥を温かくしてくれて。
ちょっと泣きそうになったのは内緒にしておこう。



「開けてみてもいい?」
「勿論です」
「じゃあ僕のも開けてみて」
「ふふ、是非」



サクラさんから貰った包みも、私が渡した紙袋も大きさも重さもあまり変わらない。
包装紙を破らないように丁寧に包みを開ければ、目に飛び込んで来たのはベージュ。
そっと手に取ってみれば柔らかな触り心地の大判のストール。
そして同じ色の手袋。



「………あ、」
「うん……?あ、」



同様にプレゼントの中身を取り出したサクラさんも気づいたようで似たような声を漏らした。
私からのプレゼントはマフラーと手袋。
特に示し合わせた訳でもないのに同じ物になってしまうとは。
少し可笑しくて揃って笑ってしまった。



「気が合うね?」
「そうですね」
「選んだ理由、聞いてもいい?」
「……サクラさん、ピアニストなのに手がノーガードなんですもん」



季節が冬に移り変わった頃から気になっていた。
『寒いね』と言って手を擦り合わせる割には防寒具の類はコートとマフラーのみ。
ピアニストならばもう少し自分の手を大切にして欲しいと彼の昔馴染もボヤいていた。



「なるほど……ちなみに僕は、僕がいない時でも桜月を温めるのは僕でいたい、って理由ね」
「そう、ですか……」



理由を聞けば何とも恥ずかしい。
顔を見ていられなくて、膝に置いたストールと手袋に視線を落としてそっと指を滑らせていたら包装紙ごとプレゼントがサクラさんによって掬い上げられる。
思わず顔を上げれば、そのままピアノの上に置かれて。
指先を目で追っていれば、また戻ってきて自分の指に絡められた。



「せっかく手袋貰ったけど、」
「………?」
「今は桜月がいるから桜月が温めて?」
「私で良ければ、?」
「分かってないなぁ、桜月がいいんだよ」



少しずつ近づいてくるサクラさんの笑顔。
その意味を理解して、そっと瞼を閉じれば次の瞬間には唇に柔らかな感触。
ちゅ、ちゅ、と啄むような口付けは彼によって慣らされた身体の中心から熱をもたせていく。
ふ、と思わず熱い吐息を漏らせば急に腹部にひやりとした感覚。



「っ、?!」
「アハッ、ごめんごめん。温めてもらおうと思って」



視線を腹部に落とせばニットの中に彼の手が忍び込んでいる。
いや、忍び込むというよりはしっかりと中に入ってしまっている。
インナーの上からとは言え、冷え切った指先の感覚は否応なしに伝わってくる。



「冷たい、です……っ」
「うん、だから温めて?」
「っ、」



気づけばインナーの中、つまりは地肌に直接触れられていて。
更に冷たい感覚に背中がぞくりと粟立つのが分かる。
ピアニストの指先が大切なのは分かるけれど、これは少し違うのではないだろうか。
アルコールの回った頭で今更ながら気づいた時には既に遅し。
温めて欲しいと言った彼の指先が背中に、腰に、妖しく回り始めていた。



「サクラさんっ、」
「大丈夫、明日仕事に行けるくらいには手加減するから」



そういう問題じゃないです、という言葉は彼の唇によって全て奪い取られてしまった。


*聖なる夜は貴方と二人*
(手加減するって言ったのに……)
(うん、ごめん。クリスマスに二人でいられるのが嬉しくて)
(明日、小松さんにまたからかわれる……)
(ごめんごめん)
(……あんまり思ってないですよね?)
(アハッ、分かる?)


fin...


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