コウノドリ

□強いひと
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「鴻鳥先生、さっき院長が来て桜月先生のこと連れて行っちゃったよ!」
「え、院長が?」
「ちょっと聞きたいことがある、って突然来てさぁ!」
「………」



外来を終えてスタッフステーションに戻ると、病棟担当の彼女と一緒に回診していた小松さんが少し慌てた様子で駆け寄ってきた。
話は院長室で、と言って出ていってから15分は経っているという。
あの院長のことだ、また何か良からぬことを考えていそうだけれども。
それにしても彼女を連れて行ったというのが気になる。
いつもなら今橋先生か僕辺りに話を持ち掛けて来るというのに。
そろそろ付き合っていることがバレたかな、それはそれで少し面倒なことになりそうだ。

一応様子を見てきますね、と告げてから院長室へ向かう。
するとちょうど丁寧に頭を下げて院長室から出て来た彼女の姿が目に入った。



「高宮」
「鴻鳥先生?どうかされました?」



どうかしたかと聞きたいのはこちらの方だ。
何か嫌なことでも言われていないかと心配していたけれど、どうやらそれは杞憂で終わりそう。
その証拠に彼女の表情に翳りは一切見られない。



「鴻鳥先生も院長に呼ばれているんですか?」
「いや、僕は高宮が院長に連れていかれたって聞いて大丈夫かな、って」
「あぁ……大した話じゃありませんよ。
どうやらサクラさんとお付き合いしていることをどこからか聞いたみたいで」



あまりに淡々と話すので本当に大したことのないように感じてしまうが、院長はたまに意地の悪い言い方をする人だ。
悪い人ではないけれど、こちらの出方を窺ってわざと困らせるような物言いをする。
僕は慣れているが、彼女は本当に大丈夫だったのだろうか。

そんな思いが顔に出てしまっていたのか、苦笑気味に笑った彼女が院長室での会話の内容をゆっくりと話し始めた。



『鴻鳥先生と付き合ってるんだって?』
『はい』
『彼がBABYだということも?』
『お付き合いを始めた頃に教えていただきました』
『そう……別にね、二人共いい大人なんだからとやかく言うつもりはないんだけどね』
『………』



じゃあ何でわざわざ院長室にまで呼び出したんだ、と危うく口から出かかった、と彼女は言う。
いや、全くもってその通りで、僕だったら間違いなく口に出していただろう。



『医者がね、恋愛に現を抜かして患者そっちのけにして処置が遅れました、なんてことになったら病院の評判がね』
『有り得ません、仕事は仕事でしっかりやっています。
心配でしたら他の先生方や小松さんを始めとする助産師の皆さんに確認していただいても構いません』
『そ、そう。それならいいんだけど……くれぐれも気を付けてくださいよ』
『院長のご心配には及びません』
『でもほら、高宮先生も若いし、恋人が近くにいると色々と、ねぇ?』
『………そんなにご心配でしたら、私ペルソナ辞めましょうか』
『そんなことは言ってないじゃないの、やだなぁ!』



その後、院長の若い頃の話やクミたんの話を聞かされて、お腹が空いたから適当に言い訳して退室してきた、と何てことのないように話す。

いや、ちょっと待って。
何気にすごい発言してないか、この子。
そこまで思ってくれるのは有り難いけど、院長のいつもの気まぐれの話に付き合ってペルソナ辞めるなんて言い出さなくても。



「本気では思っていませんよ?」
「本気だったら僕が困るよ……」



きっと院長の中の彼女のイメージは一掃されただろう。
下屋に比べたら物静かで、どちらかといえば大人しい印象を受ける。
院長もそう思っていたはずだけれども、意外と芯が強くて急にこちらが思ってもみないような発言をする。
本当に、彼女には敵わない。



「すみません……もしかしてサクラさんから話していただくべきでした?」
「いや、気にしなくていいよ。僕から話したところでどうせ同じこと言うと思うから」
「一応、院長がサクラさんの後見人だということは、分かってはいたんですが……」
「うん?」



少し困ったように笑う彼女。
今聞いた他に何か言われたのだろうか。
だとしたら流石に後で院長に一言物申しておかなければいけない。
そんな僕の心中を他所に、これまた何てことのないように口を開く桜月。



「やっぱり私、喋りすぎる男の人って苦手です」



すみません、と肩を竦める彼女。
あぁ、もうどうしようもない。
彼女には絶対に敵わない。


*強いひと*
(桜月先生、大丈夫だった?!)
(小松さん?)
(院長に連れていかれるから何事かと思ったよ〜!)
(大丈夫です、鴻鳥先生とのことを聞かれただけなので)
(何か嫌なこと言われなかった?パワハラとかセクハラとかなかった?)
(特には……?やましいことは何もありませんし……)

(……ねぇ、鴻鳥先生?)
(はい)
(桜月先生、最近更に芯が強くなった?)
(それは、僕も思います……)


fin...


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