コウノドリ

□止まり木
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「シャボン玉飛んだ

屋根まで飛んだ……」



書類を届けに小児科に立ち寄った時に、子ども達がシャボン玉で遊んでいて『先生もどうぞ』ともらった小さなボトルとストロー。
その場で少しだけ遊んで終わりにするつもりが、皆が笑顔で『持っていっていいよ』と持たされてしまって。
その後緊急の手術が入り、白衣のポケットに入れたままだった。
夕暮れ時、薄暗くなり始めた屋上で残りの液を使いきってしまおうと取り出して。
ふと思い出してシャボン玉の歌を歌えば、夜の帳が下り始めた空に相まって哀愁を感じてしまう。


屋根まで飛んで

こわれて消えた



「高宮?」
「あ……鴻鳥先生、」
「姿が見えないからどうしたかと思った」
「すみません、ちょっと考え事してました」
「それで、シャボン玉?」



座っていたベンチの隣に当然のように座るサクラさん。
触れ合った肩からじわりと温もりが伝わってきて、自分の身体が思っていたよりも冷えていることに今更気づいた。
小児科でもらったものだと伝えれば、あぁなるほど、とのんびりした返事が返ってきた。



「シャボン玉のうたに込められた意味を、この前知りました」
「あぁ……夭逝した子どもへの鎮魂、って聞いたことがある」
「諸説あるみたいですけど……それを聞いたあとでシャボン玉を吹いてる子ども達を見たらちょっと切なくなってしまって」
「……今日の、本田さんのこと考えてた?」



シャボン玉消えた

飛ばずに消えた



34週の本田さんは今日、緊急で帝王切開になった。
常位胎盤早期剥離、いわゆる早剥。
これまでの健診で何ら問題のなかった本田さんは昨夜からお腹の張りがあったけれど出血もなければ耐えられない痛みではないから、と朝になってから受診すればいいと思っていたようで。
今朝、診療時間になってから病院を訪れた時にはもう、



「私がもっと、いつもの健診の時に何か異変があればすぐに来るよう言ってたら、前回の健診で気づいていたら、っ」
「それは違う、早剥は予見が難しいのは知ってるはずだよ。
僕も四宮もカルテ見たけど前回の健診は何も異常がなかった。
高宮の落ち度じゃ、ない。たらればを言っても仕方ないよ」



産まれてすぐに

こわれて消えた



産まれてくることさえもできなかった生命。
何かできることはなかったのか、何か見逃したことはなかったのか。
医局でカルテを見ていても何も出てこなくて。
あのままあの場所にいたら、周りに人がいても泣き出してしまいそうで、頭を冷やすために屋上に上がって来たのだった。
そこでシャボン玉の存在を思い出して吹いてみたけれど、ついこの前知った歌詞の意味を思い出して本田さんの、産まれてくることのできなかった赤ちゃんを一人偲んでいた。



「知ってはいました……けれど、やっぱりまた痛感しました」
「うん?」
「お産は、怖いです」
「……うん、」



家族が新たなスタートを切る、出産。
本当ならば喜びに溢れるはずだった。
それでもこんな風にして悲しいお別れになってしまうことも少なからずある訳で。



「怖いけど…………でも私、赤ちゃん大好きなんです」



だから、もっと頑張ります。
そう言って無理やり口角を上げれば、自分でも分かるほどに冷えてしまった肩を引き寄せられて彼の腕の中に収められた。
驚いて思わず離れようとするがそれ以上の力で抑えられる。
サクラさん、と名前を呼ぶと、彼がぽつりと何か呟いた気がした。



「サクラ、さん……?」
「そこまで考えてるなら、先輩の医者としては何も言わないよ」
「…………」
「でも、自分の彼女がこんなに体冷やして、肩落としてるのは見過ごせない」
「サクラさん、」
「今日は帰ろう?帰ってお風呂でよく温まって美味しいもの食べてゆっくり寝て……頑張るのは、明日からでいいから」



だから無理して笑わなくていい、そう言われてこれまで我慢していたものが涙となって溢れ出してきた。

本当に、この人はどこまでも私に優しい。
一人で乗り越えなければいけない壁なのに。
いつもこうして私の心の内を察知して助けてくれる。
いつかこの人無しでは生きられなくなってしまいそうで。



「サクラさん……」
「うん?」
「あんまり、優しくしないでください……」
「どうして?」



涙が落ち着いたところで名前を呼びながら離れようと彼の胸を押すと、今度は抵抗なくするりと腕から抜け出すことができた。
泣き顔を見られたくなくて俯きながら言えば、大きな手でゆっくりと私の目元を撫でながら顔を覗き込んでくる。



「だって……、」
「ん?」



サクラさんがいないと立ち直れなくなるのは困ります、と目線を外しながら言えば、それは大歓迎とやけに嬉しそうに笑うサクラさんがいた。
本当に、この人はこういうことばかり。



「……でも、どうして私がここにいる、って分かったんですか?」
「加瀬先生が産科のスタッフステーションに来てね、『俺の特等席でしょげてるヤツがいるから何とかしてくれ、流石の俺でもあの隣では平気な顔してアイスが食えねーよ』って」
「…………後で、アイス買って届けます」



何だか色んな人に迷惑かけてばかりだ、と溢せば若いうちは迷惑かけて当たり前だから気にしないの、と頭を撫でられる。
結局、この日自宅に帰ることはなく、サクラさんの部屋で嫌というほど甘やかされてしまった。


*止まり木*
(あの、サクラさん……)
(うん?)
(そろそろ、お風呂に入りたいのですが……)
(あぁ、そうだね。じゃあ一緒に入ろうか。頭洗ってあげるよ)
(っ、大丈夫です!結構です!)
(遠慮しなくていいのに、今日は甘やかすって決めたんだから)
(遠慮じゃありません……!)

fin...


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