コウノドリ

□サプライズ作戦
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「桜月、?」
「……サクラさん」
「うん?」
「加江と仲良くするの、やだ」
「、え?」



予想外の言葉に一瞬反応が遅れる。
下屋と、仲良く?

絞り出すように転がり落ちてきた彼女の言葉。
一度溢れ出したものが彼女の唇から堰を切ったように流れ出す。



「わ、たし……加江みたいに、可愛くない。素直でもない。
捻くれ者で、面倒臭い性格してる……」
「桜月?」
「でも、やだ」



鍵をかけたように固く膝を抱え込んでいた腕が解かれた。
おそらく今は口を挟んではいけない。
彼女の感情の赴くままに零れてくる言葉を何一つ取り残すことのないように、全神経を耳に集中させる。



「やだ……」
「うん」
「元指導医だけど、加江と仲良くするのやだ」
「うん」
「二人でコソコソするなら、ちゃんと隠して」
「ごめん」
「…………」
「桜月?」



不意に口を閉ざした彼女が再び膝を抱える。
今度はご丁寧にこちらに背中を向けるというオプション付きで。
これは拗ねている、のだろうか。
いや、彼女が纏う空気からすると怒っていると表現する方が正しいのかもしれない。

当然と言えば当然か。
いくら指導医とは言っても下屋は今、救命に籍を置いている。
わざわざ産科に足を運んで来てまで話し込むなんて余程のことだと、傍から見れば思うだろう。
しかもその片方が自分が交際している相手ならば尚更に。



「何も教えてくれないサクラさんも、ニヤニヤしながら隠し事する加江も、やだ」
「ごめん」
「小松さんは『あの二人に限って何かあるなんて有り得ないよ』って言ってたけど、私だってそう思うけど、それでもやだ」
「ごめん……」



こちらに背中を向けてはいるが声に涙が混じってきているのが分かる。
何をしていたんだ、俺は。
彼女にこんな思いをさせてまで、したかったことは。



「何より……」
「え?」
「サクラさんのこと、信じて、待っていられない、自分が、やだ」
「、っ…………」



その言葉を聞いた瞬間、考えるよりも先に体が動いて気づけば腕の中に彼女を閉じ込めていた。
本当に、何をしていたんだろう。
後輩の言葉に乗せられて彼女を不安にさせて。
こんな思いをさせるくらいなら、もっと彼女との時間を大切にすれば良かった。



「サ、クラ、さん……?」
「ごめん……言い訳に聞こえるかもしれないけれど、桜月にそんな顔させるつもりなかった。
ただ……」
「、?」
「もうすぐ、桜月の誕生日だから……下屋とサプライズで誕生日パーティーの準備してたんだ」
「え、?」



下屋の発案で、彼女の誕生日にはぶーやんを貸し切ってパーティーを開こうと画策していた。
本人に言えば間違いなく遠慮するだろうと踏んで、内密に動いていたけれどそれが裏目に出るとは思っていなかった。
いや、少し考えれば思いついたのかもしれない。
けれど付き合い始めてから初めて迎える彼女の誕生日。
何か特別なことをしたいという、ある意味では自己中心的な思いで下屋の計画に便乗してしまったのが悪かった。



「疚しいことはない、それは誓う」
「…………サクラさん」
「ごめん、少し考えれば分かることだったのに。
嫌な思いさせてごめん」



どれだけ言葉を尽くしても彼女の心に作ってしまった傷を今すぐに癒すことはできない。
それでも、ただ謝ることしか今の自分にはできなくて。



「…………サクラ、さん」



呟くような声で名前を呼ばれる。
返事の代わりに抱き締める腕に力を込めれば、そっとその腕に触れられる感覚。
顔が見たい、なんて可愛いお願いをされて断ることなんてできなくて、腕の力を緩めればゆっくりとこちらを振り返る桜月。
その顔は予想外にも涙には濡れていなくて思わず目を瞠る。



「…………」
「桜月?」
「誕生日のこと、色々考えてくれたのは嬉しいです。
ありがとうございます」
「……うん」
「でも、今回みたいに寂しいのは嫌です」
「ごめん……」



今日何度目かの謝罪を口にすれば、少し困ったように、それでも最近目にしていたぎこちない笑顔とは違う、柔らかさのある笑顔を向けられる。
あぁ、隠し事なんてするもんじゃないな。



「もう、大丈夫です」
「本当に?口では大丈夫って言ってて、実は大丈夫じゃないことあるのに」
「これは本当に大丈夫です。……あ、でも当日に驚いたリアクションをあまり取れないかもしれません」



苦笑交じりに笑った彼女の笑顔に翳りはなくて。
その笑顔が嘘偽りがないことを物語っていて、安堵の溜め息が漏れた。
何よりも彼女の泣き顔に弱いだなんて、他の誰にも話すことなんてできない。



「うーん、下屋に怒られるかもしれないけど……」
「けど……?」
「桜月の機嫌が悪いままサプライズ成功しても微妙だし、バレて良かったかも」
「確かに加江に怒られそうですね」
「まぁ……僕としては桜月が笑顔でいてくれる方が大事だからいいんだけどね」



僕の言葉に頬を朱に染めた桜月に何日かぶりに口づけを落とす。
その柔らかな感触に頬が緩むのを止められなかった。


*サプライズ作戦*
(……今日、泊まっていくよね?)
(帰りたい、と言ったら帰してくれますか?)
(それは……無理かな)
(私も今日は帰りたくない、です)
(そういう可愛いこと言うと帰さないどころか寝かせないよ?)
(明日当直なのでそれは慎んで遠慮致します)


fin...


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