S 最後の警官長編

□二話
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余程顔色が悪かったのだろう。
それでも一度、まんぷく食堂に戻ろうかという彼の進言は断った。
しかしながら警察官として、この状況で帰すことはできないと言われて近くのファミレスへと足を向けた。

警察官と言ってもほぼ初対面の人、しかも男性と向かい合わせに座るなんてどうすればいいのか。
しかも何かこの人怖いし。



「いくつかお聞きしてもいいですか」
「……はい」
「その、メッセージの送り主が誰かご存じですか」
「心当たりは、あります」



そう、見当はついている。
というより他に思い当たる人物はいない。



「差し支えなければ誰か教えてもらえますか」
「……たぶん、元彼です。
1年半くらい前に付き合ってた……向こうが浮気して別れたんですけど、3ヶ月くらい前から急に昼夜問わずメッセージが届いたり、無言電話がかかってきたり、部屋の回りをウロウロしたり……あと、確証はないですけど、洗濯物盗まれたり……」
「警察には?」
「相談はしました。ただ、巡回を強化するとしか……」



実害がない限り警察は動いてくれない。
耳にしてはいたことだけれども、実際に自分の身に振りかかると何とも怠惰に見えてしまうのは何故だろうか。
そして目の前で溜め息を吐かれるとどう反応すればいいのか困る。
仕方なく注文したアイスティーに口を付ければ、蘇我さんが再度口を開いたのが見えた。



「このことは神御蔵と棟方さんは、」
「言わないでくださいっ……!」



大好きな二人の名前に俯き加減だった顔を思わず上げて、正面に座る蘇我さんの顔を見れば少し驚いたような表情。

あの二人には、心配をかけたくない。
こんなことを言ったら怒られるかもしれないけれど、一號くんはめちゃめちゃ仕事が大変だし、ゆづちゃんはゆづちゃんでこれ以上の心配事を増やしたくない。



「しかし、神御蔵は仮にも警察官です。せめて耳に入れておくべきでは」
「……あの二人は抱えてるものがたくさんあるから、荷物増やしたくないんです」
「初対面の自分が言うことではありませんが、せめて神御蔵には伝えておくべきかと」
「……そう、ですよね」



分かってる。
本当は全て話した方がいいことは。
それでも、



「………これまで、色々対策したんです」
「は……?」
「電話番号もアドレスも変えて、引っ越しもして、でもどこからか番号やアドレスを調べて連絡してきて。
引っ越しも2回したところで気力が尽きてしまって」
「……そうですか」
「すみません、何か初めましての人にこんな話を聞かせちゃって」
「いえ、」



怖い、なんて申し訳なかった。
口数は少ないけれど、この人ちゃんと話を聞いてくれる。
そんな安心感がある。

残りのアイスティーを飲み切って、今日は帰ろう。
誰にも言えなくて苦しかった、この話をこの人に聞いてもらえただけで随分心の重りが軽くなった気がする。
実際には何の解決にもなっていないのだけれども、誰かが知ってくれているというだけで心強いと感じるのは蘇我さんが警察官だからだろうか。

そんなことをぼんやりと考えていたら、蘇我さんが胸ポケットから黒革のカードケースのようなものを取り出して、小さな紙を差し出してきた。



「あの……?」
「自分の、連絡先です。
任務……いや、仕事があるのでいつでも出られる訳ではありませんが、何か……その男から連絡があったり、付け回されたりしたら連絡してください」
「え、いや、でも」
「それが嫌なら神御蔵にこの件、話します」
「そ、れは……」



半ば脅しじゃないか。
こんな風に言われたら逃げ場がない。
分かりました、と自分でも分かるくらいに渋々名刺を頂戴した。

『蘇我 伊織』

巡査、確か一號くんも同じ階級だったな、なんて思いながらいただいた名刺を眺める。



「あ、」



名刺をいただいたなら、と自分の名刺も取り出して蘇我さんの前に差し出す。



「改めまして高宮桜月、と申します。
一號くんとゆづちゃんとは小学校からの付き合いです」
「『高宮桜月』……この番号、登録しても?」
「あ、はい。大丈夫です」



目の前でスマホを操作して番号を登録される。
逃げ場がないなぁ、なんて思っていたらテーブルに置いてあったスマホが震えた。
慌てて手に取れば見知らぬ番号。
よく見れば先程受け取った名刺に記載されている番号と同じ。

顔を上げれば、目の前の蘇我さんがスマホを耳に当てている。
もしかして、



「……もし、もし?」
「『何かあれば、この番号に』」
「え?」



目の前からとスマホから心地の良いバリトンボイスが鼓膜を震わせる。
幼馴染とは違う、落ち着きのある冷静な声。
眼光は鋭いけれど、この短い時間の間にいつの間にか怖いとは思わなくなった。



「蘇我、さん……?」
「約束してください」
「、はい……」



否とは言わせない、と言われている気がした。
初対面でここまでしてもらう義理はないのに、彼の何がそうさせているのだろう。
警察官としての義務感、使命感、正義感とも違う、何かもっと奥底の方から湧いてきているような、そんな感覚。

その正体が何なのか、私には分からない。


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