S 最後の警官長編

□三話
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あの、急に巻き込まれた合コンの日から一週間。
とりあえずあの夜にかかってきた元彼と思わしき番号は着拒を決めた。
SMSは届くけれど無視。
今まではいちいちビクビクしていたけれど、話を聞いてもらったお陰で少し腹が据わった。



なんて、思っていた。



残業で遅くなった帰り道。
初めから何となく違和感があった。
誰かにずっと見られているような、そんな感覚。
まさかね、と思っていた。

後方を確認するならスマホのインカメラか手鏡を使うよう言われていたことを思い出して、そっとスマホのカメラを起動させる。



「っ、………」



いる。
画質は良くないけれど、見覚えのある人影。

急に鼓動が激しくなる。
息が、荒くなる。
ここで動揺したら、ダメ。
どうしてあの人が私の周りに現れ始めたのかは知らないけれど……。

震える指先でこの前、連絡先に追加されたばかりの番号を呼び出して通話ボタンをタップする。
歩みは止めず、できるだけ人の多い方へ。
細い路地には入らず、街灯のあるところへ。
そう教えてくれた人。



『蘇我です』
「っ、蘇我さんっ……」
『どこですか』
「職場の近くを歩いてたんですけど、後ろを付けられてるみたいでっ……」
『コンビニでもファミレスでも、人のいる建物の中に。落ち着いたら場所を教えてください』
「っ、はい……」



目に入ったコンビニに駆け込み、店名をメールする。
店員が訝しげな表情でこちらを見てくるのが分かる。
もう一度スマホを開いてインカメラで確認すれば、ひどい顔色をしている。

ごめんなさい、店員さん。
体調が悪い訳ではないんです。少しだけ避難させてください。
心の中で謝罪してから、カゴを手に取った。
何も買わずに出るのは心苦しい。










































「高宮さん」
「、蘇我さん……」



落ち着きなく店内を歩き回り、明日のパンや飲み物をカゴに入れていたら駆け込んできた人影。
安堵の溜め息が漏れた。
場所を連絡してから10分も経っていない。
急いで来てくれたんだろう。
息が上がっている。



「すみません……」
「いえ、大丈夫ですか」
「とりあえずは、大丈夫です」
「送ります」
「あ……お会計、してもいいですか?」
「どうぞ」



流石にカゴに入れた物を戻すなんてことはせず、レジへ向かう。
途中で思い出して缶コーヒーを1つ手に取る。
お礼になんてならないかもしれないけれど、蘇我さんの分として。



「あの、蘇我さん。お仕事は……」
「今日は終わりました」
「そうでしたか……」



並んで私のアパートへと向かう。
懸念案件を訊ねれば何てことないように返された。
仕事の邪魔になってないなら良かった。
いくら連絡してくれ、と言われても仕事に割り込んでまで来てもらうのは申し訳ないと思っていた。



「いつも、こんなに遅いんですか」
「え、あぁ……」



最近は、というより元彼が周りをうろつき始めた頃から極力定時で上がるか、遅くなっても同僚と社屋を出るようにしていた。
今日は定時間際に明日の朝一で必要な書類のミスを見つけてしまってこんな時間になってしまった。
ということを話せば、どこか遠い場所を見ていた蘇我さんから小さな溜め息が聞こえた。



「もし、また遅くなる場合は会社を出る前に連絡してください」
「へっ?」
「仕事が終わっていれば、迎えに行きます」



ちょっと何を言っているか分からない。
会って間もない、というかまだ二度目ましての人にそこまでしてもらう義理もない。
いくら一號くんの同僚(なのか?)で、警察官だとしても、だ。



「何か」
「いや、あの、有り難いんですけど、そこまでしていただくのは、申し訳ないというか」
「……これは、」
「はい、?」
「俺の自己満です」
「自己、満……?」



その後に言葉は続かなかった。
自己満とはどういうことなんだろう。
聞いてみてもいいのだろうか。
いや、でもそこまで踏み込んでいい間柄でもないし、聞いてくれるなという雰囲気もある。
それ以降の会話はなく、悶々と歩いているうちにアパートの前に着いていた。



「自分はこれで。戸締まりはしっかりとしてください」
「あ、ありがとうございます……」
「では」
「あっ、蘇我さんっ」
「何か」



帰りかけた蘇我さんに先程買った缶コーヒーを差し出す。
今日はありがとうございました、と伝えれば彼の眉間の皺がほんの少しだけ緩んだ、気がした。
この人、こんな顔もするんだ……。



「いえ、こちらこそありがとうございます」
「おやすみなさい」
「失礼します」



私の手からコーヒーを受け取ると元来た道を戻っていく。
あぁ、ここまで送ってもらうなんて申し訳なかったな。
そう思いながら、ドアの鍵を開けて部屋へと入る。



「………?」



先程までの、恐怖とは違う心臓の動きがする。
何だろう、これ。


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