S 最後の警官長編

□四話
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そろそろ飽きてくれないかな、と本気で思う。
蘇我さんと知り合って3ヶ月。
元彼からの、所謂ストーカー行為が始まって半年。
実害と言えば洗濯物を盗まれたことと無言電話がかかってくることくらい。
それよりも心的な被害は数知れない。



「警察は、無能なのか……」
「警察官を目の前にしてよく言えたな」
「蘇我さんには言ってないですー。
口が裂けてもそんなこと言えませんよー」



付き纏い行為に、最近はピンポンダッシュまである。
何?何がしたいの?
ピンポンダッシュなんて今時、小学生でもやらないでしょ。
どうやら一時期好きだった男は小学生以下にまで落ちてしまったようだ。

何度か近くの交番に足を運んだけれど、洗濯物は窃盗の被害届を出せるが、その他については巡回を強化する、ともはや定型文。
愚痴の一つも言いたくなる。

今日は仕事が休みの日で、先日お迎えをお願いした際に何もなければ自分も休みだと言っていた彼を日頃のお礼と言って食事に誘った。
一度は断られたけれど、食事に来ないなら何かあっても連絡しない、と今度はこちらが脅せば深い溜め息の後で『いい性格してる』という言葉と共に了承を得ることができた。

この3ヶ月で彼との距離はだいぶ縮まった、と勝手に思っている。
意外といじり甲斐があって、反応が面白いことに気づいたのはここ1ヶ月くらいのこと。
何だかんだ言いながらも付き合ってくれる辺り、目つきは怖いけれど優しい人なんだろうと推察。



「そもそもですよ?うら若き乙女がストーカーに遭ってるって言うのに何で警察は動かないんです?」
「うら若き乙女がどこにいるか知らんが、現行犯でもない限り窃盗は捕まえられない。
ピンポンダッシュもそうだ。
付き纏いに関しては、たまたまその場を歩いていたと言われればそれまで」
「うーん、法の抜け道ってやつですかね……って蘇我さん、しれーっとひどいこと言ってません?」
「知らん」



食後のコーヒーを啜りながら他愛もない会話を楽しむ。
一度、幼馴染の彼に蘇我さんとたまに会って話をすることを話したら信じられない、という表情をされたのを思い出す。
いや、気難しい人だとは思うけれど意外と楽しいんだな、これが。



「そういえば、蘇我さん」
「何だ」
「今、一號くんと同じ部署にいるって聞きましたよ」



あ、嫌そうな顔。
不本意な異動だとは幼馴染から聞いている。
NPS・警察庁特殊急襲捜査班は犯人の逮捕を目的としている、とその時に聞いた。
蘇我さんが少し前までいたのはSATで、犯人の生死は問わずに制圧する部隊、とか何とか。
蘇我さんはその中で凄腕の狙撃手だとか。
一般人の私には正直分からない世界だけれど。



「怪我、しないでくださいね」
「………」



何を言っている、と言わんばかりの顔。
分かってはいる。
危険な仕事だということも、
仕事に文字通り命を懸けていることも。
それでも目の前の彼の無事を願ってしまうのは、………きっとそういうことなんだろう。
自分の感情に気づいた時には『そんな馬鹿な、吊り橋効果か』と一度は一蹴したけれど、こうして何の変哲もない日に顔を見ただけで胸が踊るのだ。
自分の感情に言い訳はできない。

それでも、目の前の彼にこの想いを伝えるつもりは今のところないけれど。



「さーてと、そろそろ行きましょー」
「そうだな」



一つ伸びをして伝票に手を伸ばせば、その前に大きな手が伸びてきて目的の物を攫われてしまう。
身のこなしが軽やか。
流石、警察官。

いやいや、違う違う。



「蘇我さーん?」
「何だ」
「それ、くーださい?」



首を傾げながら言えば、一瞥してレジに向かっていく蘇我さん。
ちょっとちょっと、待ちたまえ。



「蘇我さん蘇我さん」
「何だ」
「今日はいつものお礼に、って私がご馳走するって言ったじゃないですか」
「そうか」
「いやいや。そうか、って言うなら伝票ください」
「女に奢られる趣味はない」
「うわー……その台詞、神御蔵一號に聞かせてやってください」



アイツ、絶対に割り勘なんですよ、と言えばほんの少し口角が上がったのが見えた。
今日は随分機嫌がいいらしい。
こちらとしても気分が良くなる。

会計を済ませた蘇我さんの後に続いて店を出て彼の前に立って頭を下げる。



「ごちそうさまでした。結局ご馳走になっちゃってすみません」
「別に、気にしなくていい」
「あーぁ、気が済まないので買い物付き合ってくださいよー」
「どんな理屈だ」
「だって最近、あんまり友達と出かけてないですし」
「………?」



眉間の皺が復活。
意外と分かりやすい人だとは思う。

まぁ友達と、というより休みの日に生活必需品の買い物以外には出ていないことは事実。
隠すことでもないし彼にはじきにバレることだと思う。



「元彼、現ストーカーのあの人、大学の時の友達の友達なんですよ」
「……そうか」
「今でも大学の友達とは連絡取ってるので……あの人とどこでどう繋がってるか分からないじゃないですか」
「そう、だな」



友人達を信用していない訳ではない。
ただ、現状を考えるとやはり少し怖いものがある。
どこをどう回って、あの人に情報が流れるか分からない。
それならばリスクを回避した方が安全と言えるだろう。

今日のこの食事も日頃のお礼と称してはいるが、私が外に出て食事をしたかったというのもある。
彼といれば安全なことは分かっていて、呼び出したのだ。
結局は自分の為。



「何かすみません。今日はありがとうございました」
「…………」



ちょっとした自己嫌悪に陥りそうで、頭を下げてから退散しようと思ったら結構な勢いで腕を掴まれた。
思いがけない蘇我さんの行動に間抜け面になるのが自分でも分かる。



「あ、の……蘇我さん?」
「……買い物、付き合え」
「はい、?」
「そう言ったのはお前だ」
「あぁ〜……いや、大丈夫ですよ。半分冗談なんで」
「半分は本気ということだな」



いや、確かにそうなんですけど。
今日の食事ですら半ば無理やり連れ出したようなもので、これ以上お付き合いいただくのは流石の私も申し訳なく思う訳で。

本当に、優しい人なんだと思う。
けれどその優しさが他の誰かにも向けられていると思うと胸の奥がチクチクと痛んだ。



「おい……?」
「蘇我さんがそういうなら、ちょっとだけ付き合ってもらおっかな〜」



胸の痛みに蓋をしていつもの調子で笑ってみせれば、少し安心したような表情。
あぁ、もう。お願いだから勘違いさせないでください。


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