S 最後の警官長編

□五話
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蘇我さんとご飯デートに行った日から二週間。
いや、別にデートだとは言っていないけれど私は勝手にそう思っている。

ここ最近……一週間ほど元彼ストーカーからの付き纏いや無言電話などのストーキング行為がパタリと止んでいた。
飽きっぽい性格だったけれど、ようやく飽きてくれたのかもしれない。

そんな話をしたら『油断はするな』と苦言を呈されたのは三日前のこと。
心配性というか用心深いのは職業病なのかもしれない。
用心するに越したことはないけれど、この半年ずっと息の詰まる生活をしてきた。
少しくらい気持ちの安らぐ時間が欲しい。



「………出ない、」



そんな矢先の急な残業。
お迎えを頼もうと思ったら呼び出し音が続くだけで相手に繋がらない。
任務か、訓練か。
どちらにしても今日は無理なようだ。

迎えに来られないようならタクシーを使え、と言われたけれど徒歩15分ほどの距離のアパートまでタクシーを使うのも何とも勿体ない。
少し悩んで歩いて帰ることにする。
きっともうストーカーに飽きたんだ、なんて思いながら。



「あー……疲れた……」



今日は残業するつもりなんてなかった。
定時間際に急に明日の午前中に資料が欲しいと担当している取引先から言われて仕方なく残業。
そもそも残業なんて別に急でなくてもやりたくはない。
社会人ならばある程度は仕方のないことと思うけれど、社会人なら明日の午前中に資料が欲しいというような急な依頼も止めてもらいたい。

そんなことを考えながらすっかり固まってしまった首や肩を回す。
歩道橋を降りたらアパートは目と鼻の先。
遅い時間だけれども湯船に浸かってゆっくり身体を解そう。

なんて考えていたら突然背中に衝撃。
振り返る間もなくバランスを崩して歩道橋の階段の一番上から転がり落ちる。
一番下まで落ちたのだろう、落下が止まった。

全身が、痛い。
頭も、痛い。
起き上がれない。
薄れゆく意識の中で久しぶりに昔好きだった男の顔を見た気がした。





































次に目を開けた時には見知らぬ白い天井。
どこだろう、ここ。
辺りを見回そうと思えば、頭部に痛みが走る。
何で……と考えを巡らせたところで思い出した。

そうだ、歩道橋から落ちたんだった。

あの高さから転がり落ちた程度では死なないとは思っていたけれど、どうやら身体のあちこちに包帯を巻かれているらしい。
体に痛みが出ない程度に視線だけを動かせば横にされているベッドの横に黒づくめの男性の姿。
……何、で。



「そ、が……さ…………」
「気づいたか」
「なん、で」
「喋るな、今医者を呼ぶ」



内線のようなもので手短なやり取りをして、また元の場所に戻る蘇我さん。
あぁ、もう分かんない。
頭が痛い、身体が動かない。





間もなくして医者と看護師が部屋に入って来た。
どうやらここは病院らしい。
医者といくつか問答をして『骨折はなかったし意識もはっきりしてきたようなので心配ないでしょう』とお墨付きをもらった。
部屋から出ていく医者を目で追いかけながら、頭が痛いのに問題ないのか、と思ってしまう辺り、案外大丈夫なのかもしれない。
それにしてもあれだけの高さの階段から転がり落ちたというのに骨折していないなんて、私の身体はかなり丈夫らしい。

医者が出てから耳が痛くなるくらいの静寂。
蘇我さんと一緒にいる時は稀によくあることだけれども、空気が重い。



「蘇我、さん……」
「何故」
「え……」
「何故、タクシーを呼ばなかった」
「ごめん、なさい……」



怒られて当然だ。
油断するなと言われていたのに。

迷惑をかけて、…………どうして、彼がここにいるんだろう?
確かに電話はかけたけれど、彼が電話に応じることはなかったのに。



「嫌な予感がした」
「、え……」



刑事という人間は勘が鋭いものなのだろうか。
考えていることが顔に出やすいとは言われるけれど。
それにしても、だ。



「ヤツが急に姿を現さなくなったことも気にはなっていた。
お前が用心していたのもあるだろうが、あれだけ執拗に付け回していたのに急に対象を変えたとも考えにくい」
「はぁ……」



どうやら不審に思った蘇我さんが私からの不在着信を見て様子を見に来てくれたようで、それがなければもう少し発見が遅かったかもしれない、ということらしい。
それにしても蘇我さんの声って聞いてると落ち着く。
先程、医者が鎮痛剤を打っていると言ってたし、頭の痛みも落ち着いてきた。
もう少し蘇我さんの話を聞いていたいけれど、瞼が落ちてくるのが止められない。
そういえば今何時なんだろう、明日の朝に取引先に送る資料頼んでないや、なんて場違いなことを思い浮かべた後で意識が途切れてしまった。

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