S 最後の警官長編

□六話
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警察による実況見分が終わって解放された、というより警察の人が帰って行ったのは20時を回った頃。
これから片付け、とも思ったけれど精も根も尽き果ててしまった。
そもそも今日、この部屋で寝るの?
鍵は付け替えていないからそのままだし、またあの人が入って来たら?

そう考えると急に怖くなる。

今日は実家に帰ろうか、と思ったけれど両親は今、旅行中。
怪我をして一泊入院した、と連絡したら命に関わらないなら大丈夫ね、と返信が来た。
なかなかドライな親だと我が両親ながら思う。
誰もいない実家に帰るのもここにいるのも大差はない。

幼馴染のところに泊めてもらおうか、と一瞬頭に浮かんで止めた。
腕には包帯、頭も大きなガーゼで覆われていて間違いなく看護師のゆづちゃんに質問攻めに遭う。
そうするとストーカーのことも何もかも全て話さざるを得ないし、直情型の幼馴染の彼は何をしでかすか分からない。

どうしようかなぁ、今からホテル取れるかな。



「おい」
「……はい?」



実況見分にも付き合ってくれていた蘇我さんの存在を忘れていた。
すっかり放置してしまって申し訳ない。
あ、お茶も出していないじゃないか。
冷蔵庫の中身は無事だといいけれど、と思いながらソファに沈めた身体を無理やり起こした。



「最低限必要な物をまとめろ」
「はい、?」
「……引っ越し先が見つかるか、ヤツが捕まるまで、俺の部屋に来い」
「え、?」



蘇我さんの、部屋……?
いや、ちょっと待って。

確かに、今のこの状況では物凄く有り難い話だけれども。



「流石に……蘇我さんにそこまでしてもらうのは、申し訳ないですよ」
「構わない」
「いや、でも……」



それならゆづちゃんの所にお世話になった方がいい。
あそこなら会長さんだっているし、一號くんだって。
昨日から、というよりこの3ヶ月ずっと蘇我さんにはお世話になりっぱなしで、これ以上迷惑をかける訳にもいかない。
どう伝えればいいだろう、と言葉を選んでいたら、深く長い溜め息の後で蘇我さんがゆっくりと、真っ直ぐにこちらを向いた。
深い哀しみが宿った瞳に、背筋が伸びる。



「俺の姉は、同じ男に二度、殺された」
「………え?」



発せられた言葉の重さに、空気が凍った気がした。
蘇我さんからゆっくりと紡がれる言葉は、お姉さんを喪った哀しみだけではない、犯人への憎悪だけでなく犯罪者への憎しみも込められていて。

気づかない内に零れていた涙を指先でそっと拭われる。
その優しい手を持つ蘇我さんの目も、普段より水分が多くて。



「俺の、自己満だと言った」
「え……あ、初めの頃に、そんなこと……」
「少なからず関わりをもった人間が、姉さんと同じ末路を辿る姿を見たくない」
「蘇我さん……」
「あの頃の俺は無力だった」



私を見ているようで、どこか遠くを見ている彼の瞳。
きっと昔の、お姉さんを亡くした頃に思いを馳せているのだろう。



「……歩道橋の下で血溜まりの中に倒れているお前を見た時、後悔した」
「後、悔……ですか……?」
「もっと早く捕まえていれば良かった、俺にできることがあったはずだ、と」



目元から頬、そして肩へと滑るように移動していった彼の手に力が篭もるのが分かる。
あぁ、こんな顔させたくなかった。
ちゃんと言う通りにしておけば、こんな哀しい思いをさせずに済んだのに。



「ごめんなさい、私……」
「いや、」



俺も悪かった、と言って離れていく手を咄嗟に掴まえる。
少し驚いたように目を見開いた蘇我さん以上に自分の行動に驚きを隠せない。

申し訳ないとか遠慮しているよりも、今の彼を一人にしておきたくなくて。



「しばらく、お世話になっても、いいですか……?」



考えるよりも先に言葉が口を衝いた。
……あれ、?

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