S 最後の警官長編

□七話
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「あ、蘇我さん。おかえりなさーい」
「……あぁ、」
「私がいること忘れてました?」
「いや……想像以上に復活していた」



宣言通り、夜帰って来た蘇我さんをお出迎え。
結局お昼を食べてからまたうとうとして、目が覚めたのは日が暮れ始めた頃。
流石にこれだけ眠れば頭はスッキリするもので。
仕事のメールを確認したり、引っ越し先を探したり、軽く夕飯の準備をしたりしている内にヤツへの怒りが沸いてきて。



「というか、蘇我さん」
「何だ」
「男性の一人暮らし、しかもお忙しい人なのは知ってますけどね?」
「……だから、何だ」
「調理器具、もう少し何とかなりません?」



昼にキッチンに入って驚いた、というより衝撃を受けた。
包丁とまな板、それと小さな片手鍋。あとはケトルしかない。
フライパンすら見当たらない。
申し訳ないと思いながら棚という棚、引き出しという引き出しを開けてみるが、本当にない。

冷蔵庫の中はおそらく私が寝てしまった後で買いに行ってくれたであろう惣菜パンやカップ麺が入っていた。
その姿を想像するとそれはそれで可愛いとは思う。
が、食事を作るうえで必要な食材が入っていない。

私だって料理はできる方ではない。
寧ろレシピサイト等で検索しながら作ることが多い。
それにしてもこのキッチン、どうにかならないのか。



「蘇我さん、この後お仕事戻られます?」
「急な任務が入らなければ仕事の予定はない」
「じゃあ、お買い物行きましょっか」



昼のうちに買い物に行きたかったけれど鍵を預かっていないので開けっ放しにして出かける訳にもいかないし、外に出るなと手紙に書いてあった。
それに昨日の今日で一人で外に出る気にもなれない。
お世話になる以上、できることはやりたいけれどこの状態ではできることもない。
別に構わないと言う蘇我さんを『じゃあ気分転換に付き合ってください』と半ば強引に外に連れ出す。
大きくて長い溜め息は吐かれたけれど、拒否はされない。

ホームセンターで取っ手の取れるフライパン、両手鍋、お玉に菜箸を購入。
会計後に思い立って紙皿と割り箸とプラの汁椀も買う。
ついでにスーパーに寄って食材も調達。
全ての場面で財布を出そうとする蘇我さんを制して、紙皿類や食材に関しては私がお支払いをすることができた。



「……紙皿じゃなくて普通の皿で良かったんじゃないか」
「これは私用ですよ、資源の無駄かもしれないですけど自分用のは部屋にあるのでお暇する時に荷物増えることになりますしね〜」



一時的に蘇我さんの部屋に身を寄せているのであって、引っ越し先が見つかるか元彼ストーカーが捕まるかしたらお暇することになっている。
その時の荷物は少ない方が動きやすい。
どちらが先になるかは分からないけれど。

何を考えているかは分からないけれど、急に黙り込んでしまった蘇我さん。
私、変なこと言ったかな。
そんなことを考えているうちにマンションに到着。



「今更ですけど、蘇我さんって苦手な食べ物とかあります?」
「……本当に、今更だな」
「だから今更ですけど、って言ったじゃないですか」
「特にはない」
「じゃあ適当に作りますね」
「……怪我の容態は」



心配してくれるのは有り難いけれど、これだけ動き回っているのだからそれこそ今更な気もする。
それでも彼の気持ちは素直に受け取り、傷はまだ目立つものの痛みはほとんどなくなった腕を持ち上げて力こぶを作る真似をしてみせる。



「お陰様で、もう日常生活には支障はありません」
「……そうか」
「それに少し体動かしてないと鈍っちゃいますよー」



冗談めかして言えば、どこか諦めたような表情にも見える蘇我さんの顔。
そんな顔しなくてもいいのに、なんてちょっと笑えばまたしても溜め息を吐かれた。



「幸せ逃げますよ?」
「迷信だな」



そう言って笑ったように見える。
彼の部屋にいるからだろうか、いつもよりも表情が柔らかいというか纏う空気に棘がないというか。
それはそれでまた新たな一面を見ることができて楽しい。







「今日、神御蔵がお前が最近付き合いが悪いと嘆いていた」
「……一號くんが?」



静かな夕飯の途中、思い出したようにぽつりと呟いた蘇我さんから出てきたのは幼馴染の話。
仲良くはないはずだけれども、そういう世間話はするんだ、と妙な気分。

確かに最近、元彼ストーカーの件もあって誰かに誘われても断ることが多かった。
それは幼馴染の二人のお誘いも例外ではなくて。



「落ち着いたら埋め合わせしないとなぁ……」
「神御蔵が好きなのか」
「ゲホゲホッ、な……え?」



何を言い出すんだ、この人。
確かに幼馴染として、人としては好きだけれども。
それはLikeであってLoveではない。
それに彼には明らかな想い人がいる訳で。

というか、こんな話が蘇我さんからでてくるなんて思ってもみなかった。
え、恋バナとか興味ある人?ホントに?



「いや……一號くんは有り得ないですよ。幼馴染ってだけです。
ゆづちゃんいるし、あの二人は昔から好き同士なのにお互いに変な遠慮があるからたまに見ててイラッとしますけど、割り込む余地もその気もありません」
「……そうか」



会話終了。
えーと……この人、何が聞きたかったんだろう。
恋バナに興味あるのかと思ったらそうでもなさそうだし。
この3ヶ月で多少この人の表情を読み取ることができるようになってきたと思っていたけど、今日の蘇我さんはよく分からない。
ただ、何となくだけれども……機嫌が良さそうな気はした。


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