S 最後の警官長編

□八話
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蘇我さん宅での居候生活が2週間が過ぎた頃、流石にこれ以上休めないと判断して仕事復帰することとなった。
帰宅する際にはメールすること、一人にならないこと。
残業する場合はタクシーを使うか、蘇我さんにお迎えを頼むこと等々、私の母親より口煩く……基、細かく約束をさせられた。
現在進行形で迷惑をかけている私は何も言えず『分かりました』とだけ返事をするしかなかった。

だって、蘇我さんの目が怖いんだもん。



「じゃあ、行ってきます」
「……俺も出る」
「蘇我さん、いつももう少しゆっくりじゃなかったですか?」
「今日は早く出る」
「そう、ですか……?」



久しぶりの出勤。
在宅ワークという形で仕事はしていたけれど、会社に行くのはあの転落事件の日以来。
多少の緊張感はある。
今は蘇我さんが隣にいるけれど、帰りはやっぱりタクシーかな。
道を歩くのは少し怖い気もする。

ちなみに引っ越し先はまだ見つからない。
会社からあまり離れたくないのもあるけれど、今回はセキュリティがしっかりしているところが絶対条件で、且つ家賃の予算内となるとなかなか難しい。
アパートの鍵は付け替えてもらったけれど、また同じことになったら……と考えるとアパートに戻るのも怖い。
居候させてもらって1週間経過した辺りで一度、状況を話して『もう少しお世話になります』と頭を下げたら『構わない』と有り難いお言葉。
せめてものお詫びに家事をさせてもらっているけれど、いつまでも蘇我さんのお世話になり続ける訳にもいかない。



「あ……じゃあ私、こっちなので」
「あぁ」
「行ってきます」
「あぁ、気をつけろ」
「ありがとうございます」



頭を下げてから会社へと足を向ける。
久しぶりの出勤は足が重くなる。
極力残業はするな、と言われたけれど流石に今日はそういう訳にはいかないだろうな……。
書類が山積みになった自分のデスクを想像しただけで頭が痛くなった。








































出勤すれば同僚からも上司からも心配していたと声をかけられた。
事件に巻き込まれた、と2週間も休んだのだ。
心配されて当然。
まだ解決には至っていないが、怪我も状況も落ち着いたので今日からまたよろしくお願いします、と頭を下げて自分のデスクへ。
予想以上に山積みになっていた書類や資料を片付けていたら定時なんてとっくに過ぎていて。
キリのいいところまで、と思っていたら21時を回っていた。
これ以上は明日に響く、それにきっと怒られる。
定時の時点で『今日は残業です』とメールはしておいたけれど、こんなに遅くなるなんて。
まずは連絡をしなければ、と電話をかける。



「予想以上の残業でした……」
『会社の前にいる』
「えっ?! 」



これは予想していなかった。
慌てて社屋の外に出れば見慣れた黒スーツの男性。
いつから待ってくれていたんだろう、鼻の頭と耳がうっすら赤くなっている。
忙しい人なのに、ともう何度目かの申し訳なさが込み上げてくる。



「すみません、まさかいるとは思ってなくて……」
「いや、巡回を兼ねただけだ」
「言ってくれれば良かったのに……」
「久々の出勤で仕事が確実に山積みになっている、と昨日嘆いていただろう」
「それは、そうですけど……」



帰るぞ、と吐いた息の白さが今日の気温の低さを物語っている。
蘇我さん、と歩き出した背中に声をかければ立ち止まって振り返った彼の首に持っていたストールをかける。



「風邪、ひかないでくださいね」
「……あぁ」



顔の近さに少しだけ鼓動が早くなる。
肌キレイで羨ましい、なんて場違いなことが頭を過る。



「マル被だが……」
「まるひ?」



まるひ……㊙のこと?何のこと?
少しアクセントが違ってたような……首を傾げていたら、マル被は隠語で被疑者のことだ、と教えてくれた。
要するに例のストーカーの話。



「聞いていたアパートの契約者はまだ奴だった。だが隣人の話だとここ2週間ほどは帰って来ていないようだ」
「2週間……」
「事件以来帰っていない可能性が高い」
「何してるんですかね……」



現在の居場所も気がかりだけれど、それ以上に彼は一体何をしたいのだろう。
1年以上前に別れた元カノにストーカーして怪我まで負わせて。
別れたのは向こうの浮気が原因だというのに。
ひどい別れ方をされたと思うのはこちらの方で彼からストーカーされる理由なんて見当たらない。




「何にせよ捕まっていない以上、気は抜くな」
「……はい」



声のトーンがこのストーカー行為はまだ終わらないと物語っているようだった。


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