S 最後の警官長編

□九話
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仕事復帰してから二週間、蘇我さん宅に居候を始めてから一ヶ月ほど経った頃。
蘇我さんに付き添ってもらって少しずつ荒らされた部屋の片付けを進めて、ようやく引っ越し先も見つかって後は荷物を運び入れるだけ、という時に元彼ストーカー男の逮捕の連絡が入った。



「捕まった、?」
『あぁ、先日逮捕されたと連絡が来た』
「どうして蘇我さんのところに連絡が……?」
『……帰ったら話す、これから訓練だ』
「分かり、ました」



珍しく昼休みに蘇我さんから連絡が入ったと思ったら、まさかこんな内容だったなんて。
早く捕まってほしいとは思っていたけれど、足取りが全く掴めていない状況では正直なところ難しいと言われていた。
それにしてもどうして私に直接連絡が来るのではなく、蘇我さんが逮捕の連絡を受けたのだろう。
何となく歯切れが悪い気がしたけれど、蘇我さんに何か迷惑がかかっていそうで怖い。
とにかく今日は何が何でも定時で仕事を終わらせなければ。
お弁当の残りを胃に収めて、昼休みを切り上げることにした。






















「蘇我さん、」
「待たせたな」
「いえ……お仕事お疲れ様です」



ストーカーが捕まったのならば一人で帰っても平気だろう、と思い定時ジャストでタイムカードを切って蘇我さんの部屋へ帰宅。
居ても立っても居られず、キッチンで夕飯を作ったりリビングに戻ってスマホを開いたり。
そうこうしているうちに蘇我さんも帰宅。
任務は入らなかったようで少し安心した。
逮捕されたとは言え、何だかモヤモヤするのはどうしてだろうか。



「あ……すぐ夕飯にできますけど、」
「先に聞くか、後に聞くか。どうする」
「……先で、お願いします」



このまま食事を始めてもきっと味なんて分からない。
それならば話を聞いてしまった方が気が楽になる、はず。
上着を置いてくる、とウォークインクローゼットに姿を消した蘇我さんの後ろ姿を目で追った後で彼と自分のお茶を淹れる。

今回の場合、傷害罪となるらしいけれどそもそもアパートの回りに防犯カメラはなく、私が意識を失う直前にストーカーらしき人物の姿を見ただけで、任意同行はかけられるが逮捕までは難しいと言われていた。
それなのに急に逮捕だなんて。



「まず、ヤツが逮捕されたのは今回の事件とは関係がない」
「えっ?」



着替えを済ませた蘇我さんがダイニングテーブルの向かい側に腰を下ろす。
カップを手に取りながら、紡がれた言葉は私が予想もしていなかった内容だった。
今回の事件、つまり私への傷害とアパートへの不法侵入及び窃盗など私が被害を受けた内容とは全く関係がないという。
じゃあどうして。
私が口にする前に蘇我さんがそのまま言葉を続ける。



「ヤツが逮捕されたのは池袋署管内だ」
「池袋……あの人のアパートからは離れてますね……」
「事件の後、アパートには戻らず都内を転々としていたようだ」
「要は逃げてた、ってことですよね……」



木を隠すなら森の中、とはよく言ったもので。
確かに池袋の人の多さを考えれば身を潜めるにはもってこいの場所。
それなのにどうして逮捕に繋がったのだろう。
口を挟むのは得策ではない。
目の前の彼の言葉の続きを待つことにした。



「職質を受けたことがきっかけで逮捕された」
「……職質、」
「あぁ、クスリを持っていてな」
「クスリ……え、麻薬?」
「大麻所持で現逮、現行犯逮捕だったそうだ」



ストーカーされていたとは言え、以前付き合いがあった人間が逮捕されたというだけでもショックだというのに、麻薬を持っていたなんて。
上手く言葉が出てこない。
どうして、麻薬だなんて。
そんなことするような人ではなかったはずなのに。



「それで、どうして、蘇我さんに連絡が……?」
「……俺は以前、池袋署にいたことがあった」
「蘇我さんが?」



そういえば今の部署や仕事の内容は何となく聞いたことがあるけれど、以前どこでどうしていたかなんて聞いたことはなかった。
そもそも私自身、それどころではなかったし蘇我さんの仕事のことは気にはなっていたが、あまり触れてほしくなさそうな雰囲気だったので機会を逃し続けていた。



「警視庁に入庁後、すぐに池袋署に配属されて、その後に今の部署に異動になった」
「なるほど、? 」



それにしても何故蘇我さんに連絡が?
今回の件でお世話になったのはアパート近くの警察署で池袋署ではない。
どうにもそこが繋がらない。
カップを口元へ運んだ後で軽く息を吐く蘇我さん。
何だろう……何か言いにくそうな、そんな感じ。



「今回、ヤツを逮捕したのは俺が入庁後すぐ世話になった人だ」
「蘇我さんのお知り合い」
「……家宅捜索でヤツの部屋に入ったそうだ」
「はぁ……?」
「先日の転落事件の時に侵入して持ち去られた衣類があっただろう」
「あぁー……ありますね、確かに」
「ヤツの部屋に女性の衣類があったそうだ」



思い出したくもない。
確かに下着を筆頭に衣類が何着か無くなっていた。
そうだろうとは思っていたけれど、やはりアイツが持ち去っていたらしい。



「……気持ち悪」
「その衣類と共に写真が壁中に貼られていたそうだ。
置いてあった衣類と同じものを着た女性の写真、と聞いている」
「え、盗撮?私の?」
「あぁ」
「本っっっっ当に気持ち悪い」



ストーカー行為に嫌気が差していたけれど、窃盗に盗撮って……人としてどうなんだ。
麻薬のせいとか言ってられない。



「……………あの、蘇我さん?」
「何だ」
「それで、どうして蘇我さんに連絡が?」



経緯は理解した。
それにしても、だ。
どうして私ではなく蘇我さんに?
明らかに蘇我さんとヤツは関係がないのに。



「……写真の中に、俺との写真もあったそうだ」
「え、」
「それを見た先輩が俺に連絡をしてきた」
「えぇー……」



まさかそういう繋がりだったとは。
蘇我さんと出かけることもあったし、何なら今は蘇我さん宅に身を寄せている訳で。
引っ越し先を突き止めたり換えた番号を仕入れてきたりするほどの粘着質なアイツなら確かに蘇我さんの写真を撮ることくらい、何てことないだろう。



「蘇我さん、」
「何だ」
「すみません……きっと色々ご迷惑をおかけしました、よね?」
「………否定はしない」



ですよね、そりゃそうですよね?!
別件で逮捕した人間の家宅捜索に入った部屋で自分の後輩が見ず知らずの人間と写った写真があったら……しかも相手はこの蘇我さん。
私だったら間違いなく興味半分で質問攻めにしてしまうかもしれない。
道理で話の歯切れが悪い訳だ。



「俺も街中ならば手出ししてこないと油断していた。俺の怠慢だ。気にするな」
「……すみません。でも、」
「……?」
「これで安心して引っ越しできる、ってことですよね?」
「そういうことになる」



部屋はまだ仮契約状態。
不動産屋には簡単に事情を説明して、事件が解決したら本契約と引っ越しをする手筈になっている。
大麻所持で逮捕されたうえ、別件とは言え傷害の容疑で警察に追われる身だったことを考えればしばらくは警察の監視下に置かれることになる。
勿論、その後で釈放されることもあるが、今回の場合可能性は限りなくゼロに近いという。
それならば今のうちに引っ越してしまうのが得策のように感じる。
もしかしたらまたストーカー行為を働くかもしれないけれど、多少なりとも時間は稼げるはず。



「結局、捕まるまでお世話になってしまいました……すみません」
「いや……一応の解決を迎えて良かった」
「明日、不動産屋さんに行ってきます」
「……あぁ」



安堵したように見える彼の表情が少し寂しいだなんて。
事件は解決したというのに心が晴れないのは、別れの日が明確になりつつあるからだろうか。


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