コウノドリ長編

□二話
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オンコールも外れていて、完全な非番。
そろそろBABYの新曲が欲しいですね〜とマネージャーから催促されて、午前中は部屋に缶詰状態で作曲していた。
五線譜紙が束になったところで、手を止めて時間を見ればいつの間にか15時を過ぎていた。
朝食後からずっとピアノに向かい続けていたようで、時間を見て急激に空腹を感じた。

休日に一日部屋に篭もって曲作りもいいが、たまには外に食べに行こう。
ジャケットを羽織り、部屋の外へと出る。
いつもと違う道を通るのも何か曲作りのヒントになるかもしれない、とあまり通ったことのないルートへ踵を返した。




























「へぇ…こんなところに保育園できてたんだ」



マンションから歩いて10分くらいだろうか。
少し開けた場所がある、と思ったらどうやら新しくできた保育園らしい。
広くはないが庭もあり、小さな子ども達が楽しそうに声を上げながら遊んでいる様子が見える。
そういえば最近ママの家に行ってないな、と考えていたら遠くの方で数人の保育士達がこちらを見ているのが分かった。

あ、これはマズいかも。



「あの、何かご用でしょうか?それともお知り合いのお子さんがいらっしゃいますか?
保護者の方では、ないですよね…?」
「あ、あー…いや、ここに保育園ができたことを知らなくて、楽しそうだなーって見てて……」



つばの広い帽子をかぶったエプロン姿の女性に庭の中から声をかけられた。
当然と言えば当然のことだ。
平日の夕方に見知らぬ中年男が保育園なんて場所を覗いていたら不審者扱いされても言い逃れができない。
どうしよう、今通報されても文句は言えない。



「あれ、……コウノトリ、さん?」
「え、あー…あれ?」



不意に名前を呼ばれて、驚いて目の前の女性をよく見れば、2週間程前に知り合ったマンションの隣人。
この前見た時とは雰囲気が違っていて全く気づかなかった。



「ビックリした、知らない男の人が覗いてるからどうしようって皆が話してて」
「申し訳ない…」
「一応、場所が場所だけに声をかけさせていただいたんですがコウノトリさんなら大丈夫です」



少し離れたところにいる保育士さん達に、知り合いだから大丈夫ー!と手を振りながら声をかけてくれる。
余計なお仕事を増やしてすみません。

今日は体調が良さそうで血色もいい。
あれから2週間も経てば一番の不調の原因だった生理も終わっているだろうし、当然だろう。



「すみません、何か変にお仕事増やしてしまって…」
「いえ、大丈夫です。まぁ本当に不審者だったら困りましたけど」
「以後気をつけます…」
「ふふっ、はい」



こんな風に笑う人なんだな、とまじまじと見てしまう。
この前は全面に辛さがあり覇気が全くなかった。
だからこそ初めに声をかけられた時、同一人物だとは思えなかった。



「…あの?」
「あぁ、えーっと、体調は大丈夫ですか?」
「あ、はい!もうすっかり……あ、その節は大変お世話になりました」
「あぁ、いえ。それなら良かったです」



深々と頭を下げられて、思わずこちらも頭を下げる。
そうか、保育士だったのか。
荷物の量といい、仕事が忙しいことといい色々と納得できた。



「…お名前、伺ってもいいですか?」
「え、…あぁ!そういえば私名乗っていなかったですね、すみません」
「結局、あの後お会いしませんでしたしね」
「高宮桜月と申します。ここの園で保育士やってます。一応これでも中堅枠なので今日は対応させていただきました」
「あ、鴻鳥サクラです。ペルソナ総合医療センターで産科医やってます、今日はご迷惑をおかけしました」
「っ、ふふっ、何で改まってるんですか」
「いえ、何となく……ん、中堅?」



若そうに見える彼女、高宮さんが中堅とは。
もう一度まじまじと見ていることに気づいたようで苦笑を浮かべる。



「保育業界で28歳はもう中堅なんですよ〜」
「いや、充分若手じゃないですか。うちの後期研修医と同じ年ですよ」
「この仕事、早いと20歳で就職できますからね。
そこから8年も働けば立派な中堅です。
あと2年もしたらベテランなんて言われちゃいますよ」



落ち着いているように見えたが10歳も下だったとは。
彼女の爪の垢を煎じてうちの後期研修医に飲ませてやりたい、と本気で思ってしまう。
社会に出てからの年数が長い分、落ち着いて見えるのだろうか。



「あ、すみません。そろそろ戻らないと」
「ああ、そうですよね。忙しいのに足止めさせちゃってすみません」
「いえ、大丈夫です。では失礼します」
「はい、お疲れ様です」
「ふふっ、お疲れ様です」



軽く頭を下げてから子ども達の方へ戻っていく高宮さん。
目で彼女を追ってしまうが、誤解が解けたとは言えいつまでも立ち止まっていてはまた迷惑がかかる。

来た道を戻りかけて、思い出した。
食事を忘れていた。
もうコンビニ弁当でも買い置きしてあるカップ焼きそばでもいいか、とにかく早く家に帰ろう。
頭に浮かんだ曲を早く書き留めてしまいたい。

逸る気持ちを抑えきれず、柄にもなく走り出した。


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