コウノドリ長編

□四話
1ページ/2ページ


「ママ…」



腕の中で眠ってしまった龍哉くん。
救急車に乗った時だけは目を輝かせていたけれど、病院に着いてお母さんが出産の為にLDRという部屋に入ってしまうと流石に不安になったようで泣き出してしまった。
いくら懐いてくれていてもすぐ近くにいる母親の代わりにはなれない。



「……出産って、大変なんだな…」



龍哉くんのお父さんには病院の方で連絡してくれた。
どうしても抜けられない会議があるとかで来るのは夕方から夜になるらしい。
看護師さん達がたっくんを預かろうとしてくれたが、大泣きしてしがみつかれているのを振り切って置いていくのも心苦しく。
お父さんが来るまでたっくんといるよ、と約束をして今に至る。
約束で思い出して一緒に出かける予定だった同僚に事情を話せば、どうやら今夜のBABYのライブは中止になったとのこと。
まぁそれならば気がねなくこの子の側にいてあげられる。
安堵の溜め息を吐いた時、龍哉くんのお母さんの部屋の扉が開けられた。



「鴻鳥さん…?」
「あぁ、高宮さん。すみません、何かバタバタと巻き込む形になってしまって…」
「いえ、私はいいんです。あんなに泣かれて置いて帰るなんてできないので…
それで、お母さんの方は大丈夫ですか…?」
「あぁ、大丈夫ですよ。お産の方は順調です。もうすぐ産まれるんじゃないかな」
「そう、ですか…」



初めて見る彼の白衣姿に心臓が早鐘を打っているのは気のせいだろうか。
そんな心の内に気づくことなく、鴻鳥さんはベンチの隣に腰を下ろした。



「正直、助かりました。
あの状況で僕一人でお子さんのフォローまではできなかったので」
「あ、いえ…逆にすみません。妊娠してるお母さんは園にもいるんですが、こう…出産が始まるのを見たのは初めてで、慌てちゃって…」
「たっくんは桜月先生がいてくれて心強かったと思いますよ」



不意に名前を呼ばれて、また鼓動が早くなるのが分かった。
何だ、白衣マジックなのか。さっきから心臓がうるさい。
初めて会った時はお医者さんとは言え、白衣は着ていなかったし、園庭で声を掛けた時はシャツにジャケット姿で完全オフの格好で、そんな意識もしなかったけれど。
こうやって見ると実は素敵な人だったんじゃないだろうか。
いや、でも向こうは完璧お隣さんだと思ってるだろうし、何より今の状況で何言ってるんだ…!



「鴻鳥先生ー、そろそろですよー」
「あ、はい」



悶々と葛藤していれば部屋の扉が中から開いて、お団子頭の看護師さん?が顔を出した。
鴻鳥先生に声をかけてからこちらに視線が動き、バチッと目が合った。



「えーっと、桜月先生?」
「えっ、はい…?」
「お母さんがね、呼んでるんだ。貴女も中に入ってもらってもいい?」
「私ですか?!」



腕の中のたっくんが身動いだ。
ごめん、たっくん。先生は物凄く驚いている。



「さっきからね、桜月先生は?まだいてくれてるの?って陣痛の合間に気にされてたんですよ」
「いや、でも…私なんかが…」
「ほらほら、早くもう赤ちゃん産まれちゃうから!」



鴻鳥さんに背中を押され、先程のお団子頭の看護師さん(ネームをよく見れば助産師さんだった)に肩を抱かれて部屋に引き込まれる。
目に映ったのは助産師さんとベッドの上で必死にいきんでいる加藤さんの姿。



「頭見えて来ましたよー!」
「もうすぐ!もう一回いきんでー!」
「っーーーーーー!」
「加藤さん、赤ちゃん産まれますよー」



その瞬間、産声が部屋中に響き渡る。
あぁ、どうしよう。
私、関係ないのに泣きそう。



「おめでとうございます!」
「加藤さん、おめでとうございます。元気な女の子ですよー」
「かわいい……あ、桜月先生」
「あ、お母さん…おめでとうございます、たっくん、今寝ちゃってて…」
「先生、ごめんね、ありがとう。先生のお陰で安心して産めたわ」
「私こそ、何か…こんな大事な場面に立ち会わせてもらっちゃって……っ、」
「あー、先生泣かない泣かない」



堪えきれなくて涙が落ちた。
体を震わせていると腕の中のたっくんが目を開けて飛び起き、腕の中から下りていった。



「ママ!」
「おはよう、龍哉。赤ちゃん産まれたよ」
「えーっ!赤ちゃんどこ?見たい!あれ、先生何で泣いてるの?」
「ごめん、ちょっと何か、先生凄く感動しちゃって…」



この後、処置があるから、と一度たっくんを連れて退室すれば先程座っていたベンチにはたっくんのお父さんが座っていた。
お父さんの姿を見たたっくんは勢い良くお父さんに抱きつきに行った。

良かった、これで私はお役御免かな。



「あ、先生…?」
「こんばんは、お父さん。おめでとうございます、先程無事に産まれましたよ」
「すみません、病院から連絡はもらったんですが、会議中でどうしても抜けられなくて」
「いえ、大丈夫ですよ。じゃあ私はこれで…」
「先生帰るの?」
「パパが来たから大丈夫だよ、また保育園でね」
「ヤだ!先生まだいてよ!」



お父さんにしがみついていたたっくんはまた私の足にしがみついた。
いや、いるのはいいんだけど冷静になって考えてみればちょっと家庭内に立ち入り過ぎた気もする。
緊急事態だったから仕方がないにしても、こんなに立ち入ってしまっていいのだろうか。
少し悩んでしまうが、お母さんの妊娠でたっくんが前から不安定だったのも事実。
お母さんの処置が終わって、たっくんとお母さんが面会できるようになるまではここにいよう。


_
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ