コウノドリ長編

□四話
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「龍哉くーん、桜月先生、あら、お父さん?」
「あっ、はい!家内がお世話になりまして…」
「良かった良かった、お母さんはもう面会できるので中にどうぞー」



促されて部屋に入れば、ベッドに横になり少し落ち着いた様子のお母さん。
たっくんも遠慮がちだがお母さんの側へ向かって行った。
これなら大丈夫かな。



「もう、遅いよ」
「ごめん、どうしても抜けられなくて」
「桜月先生にも迷惑かけちゃったし!」
「あ、私は全然気にしないでください。逆に貴重な経験をさせていただいたというか…」
「先生、本当にありがとうございました」
「本当に、大丈夫ですから…!」



こんなに頭を下げられては逆に申し訳なくなってくる。
身内でも何でもないのに、出産なんて人生の一大イベントに立ち会わせてもらって、本当に。



「ごめんなさいね、お出かけだったんでしょ?」
「あ、いえ…別な理由で中止になったので、気にしないでください。
えっと、私そろそろ失礼しますね」
「遅くまで引き止めてしまって申し訳ありませんでした」
「いえ…じゃあ、たっくん。また保育園でね」
「せんせー、ばいばい」



少し寂しそうなたっくんに後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にする。
何か、すごい一日だったな…。
先程同僚からは飲みに行くか誘われていたが、今日はこのまま帰ろう。
出産を目の当たりにした、この感動をじっくりと噛み締めよう。



「高宮さん?」
「あ。鴻鳥さん、お疲れ様です」
「お帰り、ですか?」
「はい、お父さんいらっしゃったし出産後で長居するのも失礼かなって。
鴻鳥さんもお帰りですか?」



病院を出ようとすれば、後ろから声をかけられて、振り返ってみればお隣さんが白衣から着替えてこちらに向かっていた。
お仕事終わりなんだろうか、というか今日はそもそも仕事休みだったのにお産が始まって付き添う形になってしまったというのが正しいのだろうか。



「今日は本当は休みだったんです」
「あぁ、やっぱり」
「あんな状況で僕休みなんで、とは言えませんし…お産に休みはないですからね」
「大変なお仕事ですね…」
「そうですね。でも、僕は赤ちゃんが好きですから」



にこり、と笑いかけられれば、落ち着いたはずの心臓がまた主張を始めた。
白衣マジック、引きずり過ぎ。
この鼓動の早さを勘づかれないように、話を逸らすことにしよう。



「そういえば今日、BABYのライブ中止になったって同僚が言ってました」
「…そうなんですね」
「残念でしたけど結局行けそうになかったですし…それにライブに行ってたらこんな感動には出会えませんでしたし」
「…僕は、いつも思うんです。出産は奇跡だ、って」
「奇跡…」



自然と並んで帰路につく。
彼から零れるように出た『奇跡』という言葉。

出産は奇跡

今日、その奇跡を目の当たりにして言葉の意味が胸にすとん、と落ちた。



「…あの、高宮さん?」
「っ、あ…すみません、ぼんやりしちゃって」
「良かったら食事でもどうかと思ったんですが…お疲れなら帰りましょうか」
「あ…そっか、そういえばもう19時好き……」
「急に子守りを頼んでしまったお詫びに、どうですか?お腹、すきません?」
「お詫びだなんて…でも、お腹はすいたのでご一緒させてください」



疲れはある。
それでもまだ何となく帰りたくはない。
有り難い申し出を断る理由なんてなかった。


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