コウノドリ長編

□六話
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結局何をするでもなく部屋で5分ほど時間を潰してから彼女の部屋のインターホンを鳴らした。
どんなに難しい手術よりも長く感じる5分だったように思えたのは何故だろうか。



『はーい』
「あ、…鴻鳥です」
『今開けますね』



電話越しに聞こえた声と同じ声が聞こえて、少しの間の後、ドアが解錠された。
ドアの向こうから顔を見せたのは、前回よりもラフな格好の桜月さん。



「お仕事お疲れ様です」
「すみません、何か急に…」
「いえいえ、あまり片付いてないですけど、どうぞー」



スリッパを用意して、そのまま部屋の中へと入っていく彼女。
ここまで来ておいて躊躇してしまう自分がいるのが情けない。
いいのだろうか、遅くはない時間とは言え、夜に一人暮らしの女性の家に上がり込むなんて。
勿論、やましい気持ちは全くないのだが。



「サクラさん?」
「いえ…お邪魔します」
「どうぞー」



リビングへと足を向ければ自分の部屋と左右対称なだけの間取りなのに、自分のところとは全く雰囲気が異なる室内。
女性らしい、どこか柔らかい雰囲気。
色遣いだろうか、置いてある家具だろうか。
物が少ない自分の部屋と比較して考えると、物が多いように見えるが整頓されていて可愛らしい印象を与える。



「あんまり見ないでください、散らかってて恥ずかしいです」
「そうですか?きちんと整頓されてて…僕の部屋とは大違いだ」
「…そうですか?」
「女性らしい部屋ですよ、僕のところなんて何の飾り気もないですから」
「お忙しそうですもんねぇ」



会話をしながらキッチンで忙しなく動いている桜月さん。
何か手伝った方がいいだろうか、いや…僕が行ったところで邪魔をするだけかもしれない、と逡巡しているとお茶を淹れたグラスを運んできた桜月さんが座っててください、と笑いながら小ぶりのソファに座るよう勧めてくれた。
元々料理ができない自分がキッチンに入ったところで迷惑になるだけだ、と言い聞かせてお言葉に甘えさせてもらうことにする。



「さっき電話で『ちょうど良かった』と仰ってたのは…」
「あ、今日食材買い込んで常備菜とか作ってたんです。
なので今日ならご飯ご馳走できるな、と思って」
「え、逆にいいんですか?常備菜って仕事の日に食べる物だったんじゃ…」
「いいんです!ちょっと手を動かしたくて色々作ったら作り過ぎちゃったので……あー、ただですね…」



声のトーンが急に低くなり、どこか申し訳なさそうな表情を見せる。
何か問題があるのだろうか、ここまで来たがやはり帰るべきだろうか。



「私の作る料理ってインフタ映えするようなものは全然なくて、きんぴらゴボウとかひじきとかカボチャの煮物とか…そういう、所謂おばあちゃんの料理って感じのものばかりでして。
あんまり期待されるとガッカリするかもしれないので先に言っておきます」
「インフタ…ばえ?」
「えっ…と、インフタグラムっていうSNS…ご存知ないです?」
「僕、そういうの疎くて…でも、そういう手料理とか食べるの病院の食堂くらいなので楽しみです」
「そ、うですか…それなら、もうちょっと待っててもらっていいですか?」
「勿論です」



そういえばマンションの廊下を歩いていた時に嗅いだ匂いと、この部屋を満たしている匂いが同じだ。
あのいい匂いの大元はこの部屋だったのか。
料理が全くできない僕からすれば、どんな料理でも作れるというだけで尊敬ものだ。



「何か、苦手な物とかありますか?」
「うーん…強いて言うなら梅干し、かな?」
「ふふっ、じゃあ今日は大丈夫ですね」



皿に盛られた料理が次々に運ばれてくる。
炊き込みご飯、焼いた肉(たぶん豚肉)、青魚(たぶんサバ)の味噌煮、じゃがいもの煮物、カボチャの煮物、ひじきの煮物、ごぼう、マカロニのサラダ、味玉、具沢山の味噌汁。
まだあるんですけど乗り切らなそうなので…と取り箸と皿を持ってきて正面に座る桜月さん。
寧ろまだあるということに驚きだ。
というか…



「これ、全部桜月さんが?」
「今日早番で時間があったので…作り過ぎちゃいました。
サクラさんから連絡いただけて本当に良かったです」
「……凄いなぁ」



こんな家庭料理を口にするなんてママの家を出てから、病院の食堂や外食以外では初めてではないだろうか。
寧ろこんな料理を食べられるなんて思ってもみなかった。



「あの、お取りしますね」
「あ…すみません、ありがとうございます」



お口に合うかどうか…と心配そうだが、部屋に充満する匂いだけで僕の胃袋は十分刺激されている。
何の料理なのか知りたくて取り皿に乗せられる料理を1つ1つ聞けば、嫌な顔せず答えてくれる。
五目炊き込みご飯、豚肉の生姜焼き、サバの味噌煮、肉じゃが、カボチャの煮物、ひじきの煮物、きんぴらごぼう、マカロニのサラダ、味玉、豚汁。
大体合ってたけれど、改めて献立を聞くと更に胃袋が飢えを訴える。


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