コウノドリ長編

□七話
1ページ/2ページ


「えー、じゃあその人と付き合ってる訳じゃないんですか?!」
「うわっ、鴻鳥先生サイッテー」



今日、休憩室で昼食を摂りながら助産師や看護師が最近行ったレストランや居酒屋の情報交換をしていた。
次に食事に行く場所を決めかねていた僕には渡りに船。
『何処かいいお店ないかな』なんて一言発しただけなのに、あれよあれよと言う間に根掘り葉掘り質問攻めに遭って。
気づけば退勤後にいつものぶーやんに雪崩込んでいた。



「材料費は受け取ってもらえないから代わりに食事に行った時は僕が支払ってるし…」
「ご飯作ってもらって外で一緒に食事して、ただのお隣さんとか有り得ない」
「都合のいい女扱いじゃない」



人のご近所付き合いだけでこんなに騒げるんだからある意味羨ましい、と思う。
これ以上、何か口を挟んでもいいことはない、とビールを口に含む。
何げなく店に入ってきた若い二人組の男女に目を向ければ、噂の女性。
あまりにタイミングが良すぎて危うく『あっ』と口から漏れてしまうところだった。

向こうもこちらに気づいたようで、軽く会釈をされた。
店員に促されるままにカウンターに並んで座る二人。
モヤモヤした感情が込み上げてきて、看護師達の話し声が耳を滑り抜けていく。

テーブル席からカウンター席の様子はよく見えるけれど、会話の内容までは聞こえない。
ただ、やけに親しげに話している雰囲気だけは伝わってきた。



「ねー……あのカウンターにいるカップルの女の人、どっかで見た気がするんだけど」
「……………!」
「え、どの人です?……あぁ〜、確かに」



小松さんがジョッキを傾けながら見つめる先には僕が見ていた二人がいた。
正確には桜月さんの方に視線を注いでいる。



「あっ、思い出した!加藤さんとこの上の子の保育園の先生!」
「…あぁ!加藤さんのお産の時に上のお子さん見ててくれましたね」
「桜月先生だっけ?ちょっと声かけて来るわ」
「ちょ、小松さん」



今は止めておいた方が、と言うより早くカウンター席の桜月さんの隣に座り、言葉を交わしている。
彼女は声をかけられるとは思っていなかったようで、一瞬驚いた表情を見せたがすぐに柔らかい笑顔を見せていた。

いくつかやり取りした後で半ば強引に二人をテーブル席に引っ張ってくる小松さん。
ちょっと待て、どうしてそうなる。



「ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に飲もうよって誘ってみた!」
「え、大丈夫?無理なら断ってくれていいんですよ?」
「大丈夫ですよ、逆にお邪魔しちゃってすみません」



強引な小松さんの誘いに流石に心配になった真弓ちゃんが彼女に声をかければ、笑顔のままに首を横に振る。
大丈夫ならいいんだ、いつものように会話はできないけれど、彼女と同じテーブルにつけるのは嬉しく思う。

当たり前のように彼女の隣に座る、若い彼の存在は気になるけれど。



「じゃ、改めて乾杯!」
「はーい、お疲れ〜」
「お疲れ様です」
「……どうも」



今日何度目かの乾杯。
グラス越しに目が合い、にこりと微笑まれればそれだけで疲れが飛びそうな気がする。
ほぼ満タンに入っていたジョッキを空にする勢いで煽る小松さん。



「桜月先生、こちら彼氏?」
「っ、……!」



一番気になっていたけれど触れられなかった核心をまず初めについてくる辺り、流石は小松さん。
危うく咽るところだった。
ここで変に反応したら、きっと皆何か察してしまうだろうから……平常心平常心。



「アハハッ、違いますよ〜」
「保育園で、しかも同じクラスで職場恋愛とか別れた後が気まず過ぎて無理ですね」
「うちの新人くんです。
女社会に馴染めてないので、ちょっと飲みニケーションがてら後輩指導です」



なるほど、後輩か。
そういえば少ないながらも男性保育士もいると話を聞いた覚えがある。
そうか、同じクラスなだけなのか。

……何故僕はこんなにホッとしているんだろうか。



「桜月先生、園の愚痴言ってただけじゃないですか」
「はい、悠樹先生煩いでーす」
「仲良いのねー」
「同じクラスですからね〜」
「別に仲良くは…」
「そういうこと言わなーい」



軽い感じで肩を叩いている桜月さん。
…本当に付き合っていないのだろうか、と思ってしまうが隠し事をしているようにも見えない。
それにもし付き合っているのなら、きっとそういうはずだ。
短い付き合いではあるけれど、彼女がどういう人なのか少なからず理解しているつもりだから。



よく知っているつもりだった。
女性は会話することでストレスを発散する、と。
それにしても、だ。
ほぼ初対面に近い関係でここまで会話が弾むのはお互いのコミュニケーション能力の高さ故なのか。



「じゃあ桜月先生はこの辺に住んでるんだ」
「はい、ここから歩いて10分くらいのマンションですよ」
「悠樹先生はー?」
「…隣駅です。というか先生付けなくても……」
「まぁまぁ、そう言いなさんなって。
……あれ、鴻鳥先生のマンションもこの辺だよね?」
「え、えぇ…そうですね」



不意に話を振られて言葉に詰まる。
別に悪いことをしている訳でもないのだから堂々としていいはずなのに。



「桜月先生、もしかして駅前の通り沿いにあるこげ茶色のマンション?」
「えっ、そうですけど…何で小松さんご存知なんですか…?」
「やっぱり!鴻鳥先生と同じマンションじゃん!」
「………!」
「実はご近所さんだったりして?」



グラスを傾けながら、そっと彼女に目線を移せば同じことを考えていたのか目が合った。
これは……ここまで来たら隠し切れるものでもなさそうだ。
それならば先に自分から話してしまった方がいいのかもしれない。
流石に本人を目の前にして冷やかしたり、からかったりすることはないと思いたい。




「お隣さんですよ、桜月さんは」



何てことないように言えば、視線が一斉に集まるのが分かった。
小松さんや真弓ちゃんはやけにニヤニヤしているし、桜月さんの同僚の彼も軽く目を見開いている。
敢えて名前を呼んだ訳ではないが、先程から彼が何の抵抗もなく桜月先生、と名前で呼ぶ度にチリチリと胸の奥が疼いていた。

当の桜月さんは、と言えば言って良かったのか、と言うような表情で僕を見つめている。
別に隠すことでもない。
隣に住んでいることには間違いないのだから。


_
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ