コウノドリ長編

□七話
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「桜月先生、また飲もうね〜!」
「はい、ありがとうございました。
悠樹先生、遅くまでごめんね。明日よろしく」
「お疲れ様でした。
あ、鴻鳥先生、すいません。ご馳走さまでした」
「いえ、お気をつけて」



結局最後まで彼女達を付き合わせて解散となった。
マンションが同じ故に帰り道も一緒になる訳で。
ぶーやんの前で皆と別れてから自然と二人で並んで歩くことになる。



「はぁー…楽しかったー……」
「すみません、何か無理やり誘ってしまった形になってしまって」
「いえいえ、とんでもないですー。
あ、そうだ。ごちそうさまでした!いつもすみません」
「いやぁ、流石にあの面子で割り勘はないですよ」



頬を赤らめながら僕の方を向き直って頭を下げる桜月さん。
彼女とは何度か食事に行っているが、アルコールが入ったのは初めてだったはず。
小松さんのペースに付き合って、だいぶ飲んでいた……正確には飲まされていたが、大丈夫だろうか。



「あの…大丈夫ですか?結構飲まされてましたけど……」
「うーん……ちょっとフラフラしますねー……」



しっかりしている姿しか見ていないから、こういう姿がすごく新鮮に映る。
しかしながら歩いて10分ほどで着くと言っても、このまま歩かせて大丈夫だろうかという不安はある。
コンビニで水分を買って休ませた方がいいかもしれない、と思うのはまっすぐ歩けていない彼女が心配だから。

決してもう少し彼女と一緒にいたい、という気持ちが奥底にあるからではない。



「水、飲めますか?」
「んんー…?すみませんー…」



マンションの輪郭は見えているが、このまま部屋に送ってしまうのは医者として不安しかない。
結局コンビニで水を買い、公園のベンチで彼女に渡す。
先程より力なく笑う彼女の姿を見て、自分の判断は間違っていなかったと思いたい。



「はぁー……すみません、何から何まで…」
「いえ…僕にも少し責任ありますし」
「ふふふー、気にしないでくださいねー?」



そうか、彼女は酔うといつもより語尾が伸びるのか。
また新たな発見に不謹慎ながらも胸が踊るのが止められない。



「仲、いいんですね」
「んー…あぁ、悠樹先生ですか?
同じクラスですからねー、仲が悪いよりは良いに越したことはないです。
今日も親睦の為の飲みだったので」
「…よく、一緒に飲みに行かれるんですか?」



気になっていた。
本当に彼は単なる同僚なのか。
二人で並んで店に入ってきた時は本当にお似合いに見えて、僕なんかと一緒に食事するよりもずっと楽しいのではないかと思うくらいに。



「いやー、今回初めてですよ。
それに本当はもう一人同じクラスの先生がいて、その方も一緒に飲みに行くつもりだったんですけどねー…
お子さんが体調崩しちゃって、来られなくなってしまって。
まぁ別にお互い暇だし、ごはんくらい行こうかーってなりましてー…でも、サクラさん達に会えて良かったですよ」



不意打ちのような彼女の言葉に驚きを隠せない。
それはどういう意味なのだろうか。



「よく考えれば、この辺り園の保護者に会う可能性高いのに悠樹先生と二人で食事してたなんて見られたら何て言われるか…」
「あぁ…そういうことですか……」
「サクラさんこそ、皆さん仲良さそうでしたねー?」
「そう、ですか?」



仲が悪いとは言わない。
チームなんだから、彼女が言うように仲が良いに越したことはない。
若干人のことをいじって楽しんでいる部分はあるが、それは別に嫌がらせの類でないことは分かっている。



「……真弓ちゃん、って…仲良さそうに呼んでたし……」
「えっ?」
「あー、独り言ですー!」



彼女がポツリと呟いた言葉は耳に届かなかった。
慌てたように水を煽る桜月さんの顔色は少し良くなってきたようだ。
これなら帰っても大丈夫だろうか。



「桜月さん、明日はお休みですか?」
「明日は土曜日なのでお休みです!」
「あれ、悠樹先生…はお仕事ですか?」
「そうなんです…遅番ではあるんですけどね……本当は土曜に私が遅番とかで悠樹先生ともう一人の先生が休みの時が良かったんですけど、そういうシフトがなくて…
悠樹先生が別にいいです、と言ってくれて今日になったんですけど……またセッティングし直さないといけませんね」



少し酔いが覚めて来たようで、申し訳なさそうに話し始める桜月さん。
そういえば彼女がクラスのリーダーだと言っていた。
話の感じからかなり気を回しながら働いていることは察していた。
僕も産婦人科のリーダーという立場上、彼女の苦労は何となく分かる。



「……すみません、何か色々聞いてもらっちゃって」
「いえ…大丈夫ですよ、たまには吐き出すことも必要だと思いますし」
「ありがとうございます……あ、サクラさんは明日お仕事ですか?」
「あー、そうですね」
「じゃあ、もう帰って寝ないと……え、もうこんな時間?!」



スマホを開いて時間を確認すると、もうすぐ日付が変わろうとしていた。
確かぶーやんを出たのが23時前だったから、1時間ほど公園にいたらしい。
そんなに話し込んだ感じはしないが……いや、彼女といる時はいつもそうだ。
時間の流れがあっという間に感じる。



「そうですね、帰りましょうか」
「ごめんなさい、私酔っ払って引き止めてしまって……!」
「いえいえ、それを言ったら僕の方こそ小松さん達の暴走を止められなくてすみません」



お互いに頭を下げ合えば、どちらともなく笑いが漏れる。
いつからだろう。
彼女との時間がこんなに愛おしいものになったのは。



もう随分前から分かっていた。
それでも年齢差を言い訳にして、今の心地良い関係が壊れることを恐れて、自分の気持ちに蓋をしていた。



僕は、彼女のことがどうしようもなく好きだ。


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