コウノドリ長編

□八話
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心臓がはち切れんばかりに跳ねているのが分かる。
お弁当を渡しただけなのに。
……これまでだって料理を作って食べてもらってきた。
それがただお弁当という形になっただけなのに、どうしてこうも緊張しているのか。

しかもその後の彼の言葉。
『一緒に来てもらいたいところがある』

食事に行く時は『食事行きましょう』とか『美味しいお店教えてもらったんです』とかそんなお誘いだった。
それなのに、



「どういうことー?!」



思わずいつも相談に乗っている同僚にメッセージアプリで電話をしていいか尋ねていた。
本来なら昨日一緒に飲むはずだったもう一人の同僚。
日頃から悠樹先生と共に、気になるお隣さんの話を聞いてもらっていた。

だからこそ昨日、ぶーやんで産科の皆さんと一緒に飲むことになった時は内心ヒヤヒヤしていた。
同僚の彼からは『さっさと告って付き合っちゃえばいいのに』と散々言われていたから。
サクラさんが隣に住んでいると聞いた時の彼と言ったら、何故あんなに分かりやすい反応をしてくれたのか。

当然のことながら解散した後、メッセージが届いていて『あんなに女の人が多い職場なら早いとこ告らないと本当に誰かに持ってかれますよ』なんてまたしても煽るような内容。
それが出来れば苦労はしていない。
そして女性が多い職場なのは十分承知のうえ。



「あっ……もしもしっ、」
『もしもーし、どうしたどうした?』
「すみません、お休みのところ……あ、お子さん大丈夫ですか?」
『うん、今朝はすっかり元気。昨日はごめんね』
「いえいえ、良かったです」
『で?昨日何かあった?』
「………それが、ですね」



誰かに聞いてもらわないと私だけではもう抱えきれない。

昨日の飲みの席でのこと
その後、公園で二人で話したこと
今朝のお弁当のこと

二人の秘密にしておきたいこともある。
掻い摘んでざっくり説明した。



『はぁーん?悠樹先生じゃないけどさ?
本当にそれ、早いとこ告白しなよ』
「先生までそういうことを……」
『いや、私これまで桜月先生の好きにすればいいって思ってたけど、それはもうさ…さっさとくっつけ』
「さっさとくっつけって……私一人でどうこうできる問題でもないですし…」
『食事じゃなくて一緒に来てほしいところがあるって言われたんでしょ?』
「え、はい……」
『それはもう告白されるでしょ!』



電話の相手は私の5歳年上で既婚者子持ちのまゆ先生。
2歳のお子さんがいて、日々『潤いが欲しいー!キュンキュンしたーい!』と言っている。
最近はよく相談に乗ってもらっていたのだけれども、今日はやけにグイグイ来るなぁ……。



「……告白したとして、断られたら今後も隣に住むって気まずくないですか?」
『そりゃ…まぁそうだけど、話聞く限り大丈夫だと思うんだけどなぁ』
「うちの園、家賃補助は出るけど引っ越し補助は出ないんですよ!
引っ越してきて間もないのにまた引っ越しなんてできません……」
『あー、昨日行けてたら面白そうだったのになー!
後で悠樹先生にどんな感じだったか連絡して聞いてみよーっと』
「止めてくださいよ……」



こういう時、止めたところで聞いてくれる人ではないことは知っている。
でもさ、と急に声のトーンが落ち着いたものに変わって、こちらの背筋が伸びる。



『せっかくの出会いなんだから大切にしなよ』
「………まゆ先生」
『話聞く限りだけどすごくいい人そうだし、気持ちを伝えて…万が一お断りされても、ひどいフラレ方はしないと思うよ?』
「……はい」
『それに若いんだからいくらでも当たって砕けてくればいいよー!』
「できれば砕けたくはないですけどね」



アハハハッと元気に笑う声に、こちらが元気をもらった気分だ。
いつもそうだ。
色々考え込んでしまう私をまゆ先生が「大丈夫大丈夫!」と笑って励ましてくれる。
一緒に働くことができて本当に学ぶことがたくさんある。



「とりあえず、当たって砕けろ精神で行ってみます!」
『お、頑張れー!報告待ってる!』
「ありがとうございます。
長々とすみませんでした、また月曜日お願いします」
『はいはーい、じゃあねー』



覚悟は決まった。
何処に行くにしても今日、思いを伝えよう。

サクラさんが好きです、と。


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