コウノドリ長編

□九話
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連れて来られたのはピアノバー『Barron』というお店。
ライブ告知の看板もなければ、ライブ前の人の賑わいもない。
……本当に、ライブがあるのだろうか?
サクラさんに促されて店の中に入れば、棚一杯に並べられたウイスキーやリキュール、ワインの瓶がまず目に入る。
すごい数だ。

奥からダンディなバーテンダーさんが姿を見せた。
この店の店主だろうか。



「おう、サクラ」
「こんばんは、沖田さん」
「お嬢さん、初めまして」
「初め…まして」
「じゃあな、サクラ。しばらく空けるぞ」
「すみません、ありがとうございます」
「どーせヒマな店だ、気にすんな」



ひらりと片手を振って店から出て行ってしまう、沖田さんという男性。
どういうこと?
話が全く見えない。

状況を飲み込めずにいる私をカウンター席に座らせて、そのままピアノへと足を向けるサクラさん。



「桜月さん」
「っ、はい…」
「僕ね、産科医の他にもう1つ仕事をしてるんです」
「え?」
「副業、ともちょっと違うんですけどね」



ポン、と軽く鍵盤を叩く。
不規則のようで、どこかリズム感のある叩き方。

胸がザワザワする。
この音の鳴らし方はどこかで聞いたことがある。



「僕、昔からなりたい職業があったんです」
「なりたい、職業…?」
「大きくなったら警察官とか、将来の夢はサッカー選手みたいな」
「サクラさんは、何になりたかったんですか……?」
「僕は…」



鍵盤から手を離したサクラさんに、まっすぐ見つめられる。
いつからだろう、この人のまっすぐな瞳に見られるとこんなにも心臓が痛むようになったのは。
彼と出会って、季節が過ぎても彼との関係は変わらなかったのに。
私の中でサクラさんの存在はどんどん大きくなっていた。



「医者に、産科医になりたかったんです」
「っ、じゃあ…子どもの時の夢、叶えたんですね」
「それとね、もう1つ」
「もう、1つ…?」



その後に言葉は続かなかった。
にこりと笑ったサクラさんがピアノのスツールを引いて腰を下ろして、おもむろにピアノを奏で始めたから。

それは、



「え………」



何度となく、聞いたことのある曲。
この曲で彼のファンになったのだから。
iPodにも入っているし、部屋にもCDがある。
ライブでも定番の曲といっていいくらいの、大好きなBABYの名曲の1つ。



「…Baby,God Bless You………?」



どうして
何で

練習して弾けるようになりました、というレベルではない。
楽譜は置かれてないし、所々のアレンジも何ら違和感なく弾きこなしている、それは正にBABYそのもの。

瞬きも忘れて、彼の演奏に聞き入っていた。


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