コウノドリ長編

□最終話
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「……名前、」
「名前…ですか?」
「気になるなら、もっと特別な呼び方にする?」
「特別な呼び方……」
「桜月、って」
「っ、」



また、だ。
さっきから何となく意地悪をされている気分。
サクラさんにばかり余裕があって、何だか悔しい。



「じゃあ、私もサクラって呼んでもいい……ですか」
「アハハッ、そこはまだ敬語なんだ」
「そんな、急には無理ですっ……」



恥ずかしさが頂点まで達している。
何ともいたたまれなくて、ソファに座っていた向きをくるりと変えてサクラさんに背中を向ければ、後ろからそっと包まれるように抱き締められた。



「っ……」
「ごめんね、ちょっと意地悪でした」
「あの…………一つ、聞きたいことがあって」
「うん?」



気になっていたこと。

彼の秘密。
産科医・鴻鳥サクラが天才ジャズピアニスト・BABYだということはトップシークレットのはず。
それを何故、あのタイミングで話したのか。



「その……付き合い始めてからでも、良かったです、よね?」
「うーん、そこはやっぱり嘘偽りない状態で好きです、って言いたかったからかなぁ」
「……別に嘘を吐かれていたとは思ってませんけど…」
「僕の気持ちの問題?桜月さんが何度かライブに来てたのは知ってたから、僕だけ知ってるのは不公平かなと思いまして」



不公平とか嘘つきとかは思わないけれど、彼の中ではフェアでなかったようで。
彼の実直な性格に思わず笑みが零れた。



「それに断られたとしても、桜月さんなら知られてもいいかなって」
「えぇー…そんな簡単にいいんですか?」
「うーん、だって桜月さんBABYの正体が僕だって知ったところで誰かに話したりしないでしょ」
「……それは、そうですね」



今まで彼が隠してきた事実。
それを誰かに言いふらすことはない。
言ったところで信じてもらえそうにないし、これまで彼が秘密にしてきたことを私が勝手に暴露していいとも思わない。



「更に週刊誌に情報売ったり」
「…何の為に?」
「ほら、そういうとこ」
「え?」



顔は見えないけれど、楽しげに笑っているのが何となく分かる。
何か面白いことを言っただろうか。



「すごい好き」
「っ…、」



以前から言葉選びがストレートな人だとは思っていた。
それでもこんなに感情を豊かに、顕にしてくる人だとは知らなかった。



「サクラ、さんって…」
「うん?」
「結構表現がストレートですね…」
「うーん、そんなつもりはないけど…嫌?」
「そんなこと言ってません!」
「じゃあ…?」
「…何か……誘導されてる感じが強いんですが…」



腕の中でそっと後ろを振り返れば、ニコニコしているサクラさんが目に映る。
あぁ、もうこの笑顔反則。



「うん?」
「……好き、です」
「僕も桜月さんのそういうところ、好きだよ」

「、あの…」
「うん?」
「……これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」



身長差のある彼を少し見上げて言えば、ふわりと笑って額にキスされる。
この余裕綽々な彼に翻弄されそう、なんて思いながら笑い返せば顔中に降ってくるキスの嵐。



「っ……」
「可愛い」



唇が触れ合いそうなほど近くで見つめられ、恥ずかしくてぎゅっと瞼を閉じれば、サクラさんがふっと笑った声が聞こえた。



「そんな顔して…キス、しちゃうよ?」
「っ、ダメって言ったら、しないんですか?」
「んー、それは無理かな………僕がしたいから」



途端に塞がれる唇。
甘ったるい空気に頭がクラクラする。
初めからこんな状態でこの先どうなってしまうのだろう。
そんなことを思いながら、彼の広い背中にそっと腕を回した。


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