コウノドリ長編

□八話 Side サクラ
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※本編と1ページ目は同じ内容です。



「で?あの後、送り狼になったのかい?」
「…小松さん、真っ昼間に話す言い方じゃないですよ」



彼女とその同僚、そして産科メンバーで飲んだ翌日。
ニヤニヤが止められないと言った様子の小松さんが昼休みに僕の肩を揉みながら興味津々という体で聞いてきた。



「送り狼なんてしませんよ」
「なぁんだ〜、桜月先生がお隣さんって言うからてっきり送ったついでに押し倒したかと……」
「小松さん、僕そんなことするように見えます?」
「見える!」



相手にするだけ疲れるだけだ、申し訳ないが放置。
今日は午後の外来はないし、回診の後は溜まった書類を整理しよう。
今日中に書いてしまわなければいけない出生証明書もある。
外来がなくてもやることは山積みだし、それに加えて進行中のお産も2件。
順調にいけばおそらく今日の夕方から夜にかけて分娩になるだろう。
当直の時間に入る前に産まれるといいが、こればかりはこちらの都合でどうにかなるものでもない。





早めに食事を済ませてしまおう、と一つ伸びをしてカップ焼きそばに手を伸ばしたところで今朝の出来事を思い出した。
出勤前、彼女からメールが届いたのだ。

《おはようございます。
お忙しい時間に申し訳ありません。出勤前にお声がけいただけると嬉しいです》

メールになると面と向かった時よりも文調が丁寧になる人だとは思っていたが、今日は特に丁寧さに輪をかけている気がする。
珍しい内容に首を傾げながらも、普段の出発時間より5分早く部屋を出て、彼女の部屋のインターホンを鳴らした。



『サクラさん?』
「おはようございます、どうかされました?」
『あ、ちょっと待っててください…!』



ちょっと、と言う割には早くドアが開けられた。
きっと廊下を駆けてきてくれたのだろう。
そんな彼女の小さな行動一つすら胸を暖かくする。



「おはよう、ございます…昨日は色々すみませんでした」
「いえ、こちらこそ」
「あの……それで、お詫びというかお礼というか…本当にいつも同じで申し訳ないんですけど……!」
「えっ?」



おずおずと差し出されたのは20cm四方くらいの保冷バッグ。
受け取ってみたものの、一体何だろうと彼女とバッグを交互に見遣れば、彼女は今にもドアの陰に隠れてしまいそうだ。



「本当に、簡単で申し訳ないんですけど…お弁当のようなものです……」
「……え、」
「お忙しいのは知ってるので、簡単に食べられるサンドイッチだけなんですけど、良かったら召し上がってください……」
「わざわざ作ってくれたんですか…?」
「昨日、というかサクラさんにはお世話になりっぱなしで……でも、何処か食事に行ってもサクラさん、絶対会計させてくれないですし」
「それは、まぁ……」
「毎回手料理って非常に重いとは思うんですが、これくらいしかできないので……」



これまで何度も彼女の料理はご馳走になっている。
僕としては彼女の手料理の方がどんなお店の料理よりも美味しいと思うし、温かみがあって有り難いと思っている。
それは彼女にも伝えていて、毎回恥ずかしそうに笑うのだが…こんな風に言われたことは初めてだ。



「あの、桜月さん」
「……はい」
「僕…今日、日勤なんです」
「日勤……?」
「えーと、何もなければ18時には帰宅します。その後、一緒に来てもらいたいところがあるんです」
「えっ?」
「ご予定ありますか?」
「いえ…大丈夫です!」
「じゃあ、病院出る前に連絡します」
「お待ちしてますね」



恥ずかしそうに笑う彼女に触れたくなった。
でも、今はまだ。



「じゃあ、行ってきます。サンドイッチありがとうございます」
「はい、行ってらっしゃい。お気をつけて」



にこりと笑って手を振る彼女に軽く手を振り返してマンションを後にした。


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