コウノドリ長編

□八話 Side サクラ
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そうだ、今日は彼女が持たせてくれたサンドイッチがある。
カップ焼きそばなんていつでも食べられる物よりも、彼女のサンドイッチが最優先だ。

……医局や休憩室で広げたら、また誰に何を言われるか分からない。
そっと屋上に向かえば、他の科の患者さんの姿はあるが、産科メンバーは見当たらない。
ちょうどいい。



「いただきます」



両手を合わせてから保冷バッグを開ければ、三角に切り揃えられたパンが保冷剤と共にぎっしり入っていた。
……こんなに食べられるだろうか。
よく見れば1つ1つラップで包まれて、小さく切られたマスキングテープに何の具材が入っているか記載されている。
本当にマメな人だ、と心から思う。



「卵とツナとBLT……BLTって何だ、あぁ…ベーコンとレタスとトマトってちゃんと書いてくれてる。
あとはサーモンサンド…スモークサーモンかぁ、お酒欲しくなるやつだ」



料理が好きというよりは、もはや料理が趣味な彼女とは言え、一体何時に起きて準備してくれたのだろう。
一般的に手料理が重い、と聞くが僕としては彼女の手料理は本当に有り難い。
それは僕が彼女に好意を抱いているからなのかもしれないが。
限られた昼休み、早く食べないと勿体ない。



「何だ、弁当か。珍しいな」
「し、のみや…驚かすなよ……」
「別に驚かせるつもりはない。俺は普通に来ただけでお前が気づかなかっただけだ」
「そりゃそうだけど…」



何事もなく隣に座る四宮。
その手にはいつものジャムパンと牛乳。淡々と袋を開けて口に運び始めた。
僕は、と言えば一番興味を唆られたBLTサンドの包みを開けて一口齧る。
軽くトーストされたパンにカリカリのベーコン、トマト、レタス。
うん、美味しい。



「サクラ…」
「うん?」



サンドイッチに意識を集中していれば、不意に隣に座った同期に名前を呼ばれた。
食べきれるか心配だったけど全部食べられそうだな、なんて意識を飛ばしていたので次の四宮から投げかけられる言葉なんて気に止めていなかった。



「お前、隣に住んでる女に手を出したんだって?」
「っ?!ゲホッゲホゲホッ…」
「汚い」
「な、何だそれ!」
「違うのか?小松さん達が言ってたぞ、昨日一緒に飲んだって」



いや、昨日飲んだのは事実だけれども。
決して誓う、手を出したり人の道から外れたりするようなことはしていない。
それも含めて簡単に彼女との出会いからこれまでのことを話せば、話を振ってきた割に興味なさそうな表情でジャムパンと牛乳を口に運んでいる。



「だから、手を出したという事実はない」
「別にいいんじゃないか」
「…は?」
「それもその人が作ったんだろ」
「まぁ…そうだけど」



四宮は言う。
最近、やけに機嫌が良い日があるし、そういう日は時間を気にして定時ですぐ帰る。
傾向として悪くない、と。
自覚はなかったが、彼女と約束した日の僕は浮き足立っているのが昔からよく知る同期には見抜かれていたらしい。



「というかその状況で付き合ってないって何なんだ」
「それは……」
「好きでもない奴に飲み会翌日の朝にこんな手の混んだサンドイッチなんか作るか」
「そうだよな…」
「お前も、何とも思ってない人の手料理が食べたいのか」
「……いや」
「それが答えだろ」
「分かってるよ」



そう、分かっている。
いくら彼女が料理が好きだからと言って、ただ隣に住んでいるだけの僕にこんなに良くしてくれるだろうか。
中年に差し掛かったパッとしない男にこんなに差し入れしてくれるのだろうか。

僕には産科医の他にも仕事がある。
全てを打ち明けたうえで彼女は僕を受け入れてくれるのか。
そんな不安ばかり頭を過る。



「今日、ライブやるんだ」
「…あぁ、オンコールだったな」
「朝決めた。お客さんは彼女だけ」
「は……?」
「ライブの後で、その…ちゃんと気持ちを伝えようと思って」
「………サクラ、この年で恋愛相談はサムいぞ」
「こんなの四宮以外に言えないよ」



自分でも言ってて恥ずかしい。
それでも誰かに話さないと今から心臓がはち切れそうで夜までもちそうにない。



「だから、なるべくオンコール無しでよろしく」
「それは俺に言うな」
「分かってるよ、お産に休みはないからね」


それでも願わくば、ライブを終えて彼女と話をする時間がありますように。


本編九話へ続く...


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