MIU404

□約束
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「おはようございま〜す」
「おはようございます」
「伊吹さん、志摩さん、おはようございます。お疲れ様でした」
「おっはよ〜桜月ちゃん」
「おはよう」



第四機動捜査隊分駐所、24時間勤務が終わり、隊員達が戻って来た。
私はと言えば、先程勤務が始まったばかりで引っ越しの荷解きに勤しんでいた。
戻って来たのは伊吹さんと志摩さんバディと陣馬さんと九重くんバディ。
コーヒーを淹れてデスクに持って行く。



「おっ、サンキュ〜」
「いえ…昨日は大変だったみたいですね、山梨まで追跡したと伺いました」
「そうなんだよ〜。あ、これお土産。うどんの乾いたの」
「乾麺だ、乾麺と言え」
「ふふっ…ありがとうございます。後で皆でいただきますね」
「あぁ〜…これから報告書かぁ…」
「始末書がないだけマシだろ」



殺人事件の容疑者の追跡調査の為に機捜404号車が山梨まで向かったと聞いたのは今朝出勤してからのこと。
404号車は先日、初出動の日に派手なカーチェイスで早速車を大破させた為に確か今はメロンパンの移動販売車に乗っているはず。
…あの車で追跡とは、よく山梨まで追いかけたものだ。

元々、総務部にいた私は事務処理能力を桔梗隊長に買われて第四機動捜査隊設立と同時に異動となった。
事務仕事、と言っても第四機捜の分駐所は芝浦署の裏手に引っ越したばかりで、その荷解きに一日のほとんどの時間を費やしている。
桔梗隊長は無線機も保管庫も最低限を準備したと言っていたが、それでもまだ段ボール箱に入った書類は山積み。
書類整理は嫌いではない。
寧ろ淡々と自分のペースで行える分、好きな仕事の一つだが、こうも連日となると話は別で。
それでも私がやらなければ、いつまでも段ボール箱は片付かない。
今日も頑張るか、と本日1つ目の段ボール箱に手をかけた。



「あー!持つ持つ!」
「えっ?」
「女の子がそんな重い物持っちゃダメダメ♪」
「あっ…すみません、ありがとうございます」



台車に段ボール箱を乗せようとすると、脇から手が伸びてきて持ち上げようとしていた段ボール箱を奪われた。
顔を上げれば、間近に伊吹さんがいて思わず身を引いてしまう。



「伊吹、距離が近い。セクハラすんな」
「セクハラじゃないです〜、志摩ちゃん言いがかり」
「セクハラか否か、お前が決めることじゃない」
「え〜?これってセクハラ?」
「えっ…えぇっと……大丈夫ですっ」



ほら見ろ〜!と嬉々としながら段ボール箱を台車に乗せて私のデスクに向かう伊吹さん。
きっとパーソナルスペースが狭い人なんだろう、だからいとも容易く人の境界線を飛び越えてくる。

人懐っこいと言えば、それまでだが。
本当に、心臓に悪い。



「…まぁ伊吹になら何かされてもセクハラとは思わないよなぁ」
「じ、陣馬さんっ!」
「おっと、口が滑った」
「もう、止めてくださいよ!」
「何なに〜?陣馬さんと桜月ちゃん、仲良しじゃん」
「桜月の親父さんと昔バディだったことがあってな。そこからずっと交流があるんだよ。
それこそ桜月が生まれる前のこんな頃から知ってるよ」



親指と人差し指で10cmほどの大きさを示す。
陣馬さんと私の父は昔、バディを組んでいた。
それこそ私が生まれる前からの付き合いで、バディを組んでいた時は勿論、バディを解消した現在も互いの家を行き来している仲だ。
そして、その娘の私が陣馬さんと同じ部署で働けることは何か運命を感じる。



「その話はもう止めてくださいよ…」
「俺の娘みたいなモンだ、手ぇ出したら承知しねーぞ!」
「ちょっと、陣馬さんっ」



ワシャワシャッと髪を乱すように頭を撫でられる。
この人は昔からこうだ。
いくつになっても、一緒に仕事をするようになっても、いつまでも子ども扱いされる。

ゴホン、と背後から咳払いが聞こえて振り返れば九重くんがこちらを睨んでいた(ように見えた)。
乱された髪を手櫛で整えながら、そそくさと自分のデスクへ戻る。
正直、ちょっと苦手なタイプ。



「よし、やるか」



今から行うのは、簡単に言えば本部の会議室から運び出した書類を分駐所の保管庫、書類棚に入れるという単純作業。
ただリストに記載されてある書類があるか、1つ1つ確認しながら行う為、非常に時間がかかる。
たまに記載漏れがあったり、書類が別な箱に入っていたりしてスムーズに進まないことも多く、一日2箱片付けられればマシな方だ。








仕分け作業に没頭して、どのくらい経過してだろうか。
制服のポケットに入れておいたスマホが震えた。
誰からの着信かも確認せずリストから目を離さずに電話を受ければ、聞き覚えのあるような声。



『もしもし、桜月ちゃん?』
「……?」
『俺だって〜』
「今時振り込め詐欺は流行りませんよ、失礼します」
『だーかーら、伊吹だって〜』
「はっ……?えっ?」



驚いて顔を上げ、彼のデスクを確認すれば姿がない。
バディの志摩さんはまだ報告書と戦っている様子が見える、ということは別な場所からかけてきている?
今更スマホの画面を確認すれば、確かに『伊吹 藍』と表示されていた。
何かに没頭している時に電話が鳴ると無意識に受けてしまうのは、悪い癖だ。



『さっきさぁ、聞こうと思ったことがあって』
「なん、ですか?」



直接話に来ずに、わざわざ電話をかけてきた意味は何だろう。
別に業務上で必要なことならば話しかけられたところで陣馬さんに茶化されることも九重くんに睨まれることもないはず。



『今日、仕事何時に終わる?』
「今日ですか…?日勤なので何もなければ17時には終わりますが…」



そう、機捜隊所属ではあるが、事務員のようなものなので24時間勤務ではなく普通に日勤、たまに遅番があるくらい。
大きな事件が起こり人手が必要となれば勿論、その限りではないが。



『その後に何か予定ある?』
「本屋に寄ろうと思ってましたけど、それ以外は特に何もないです」
『よっし、じゃあ飯行こ』
「……えっ?!」



思いがけず大きな声が出てしまい、フロア中の視線が集まるのが分かった。
すみません、と頭を下げてしゃがみ込めば電話口から楽しそうな笑い声。



『桜月ちゃ〜ん、驚きすぎ』
「すみません、ちょっとビックリして…」
『たぶんもう少しで報告書終わるから俺は一旦帰るけど、仕事終わる頃に迎えに来るからさ』
「えっ、えっ、」
『あー…誰かに見られるのは良くない?
陣馬さんにさっきあんなこと言われたしなぁ。
じゃあ駅前の西口に集合ね、1730でよろしく』
「あのっ、」
『ん〜?』



サクサクと待ち合わせの時間と場所を決められてしまい、ようやく頭の回転が追いついて口を挟む。



「何で、私なんですか…?」
『ん〜?何でだと思う?』
「……そういうの、いらないです」
『ハハッ、じゃあ飯食いながら教えてあげるよ。じゃあ後で♪』



通話が終了した音が流れる。
頭が追いつかない。

嬉しくない、とは言わない。
正直に言えば、かなり嬉しい。
陣馬さんにはお見通しのようだが、伊吹さんに対して少なからず同僚以上の感情を抱いているのは紛れもない事実。
ただそれは、立ち上げたばかりの第四機動捜査隊には不必要な感情で。
分駐所から『行ってらっしゃい』と送り出し『おかえりなさい、お疲れ様でした』と迎えられるだけで十分だった。

それなのにこんなイレギュラーな事態は、一体どう対処すればいいのか。

ダメだ、頬が緩む。
ちょっとトイレで気を引き締め直そう、と部屋から出れば、ちょうど戻って来た伊吹さんと鉢合わせる。



「、……!」
「おっとぉ、危ない危ない」
「す、みません…!」
「顔真っ赤」
「っ…失礼しますっ……!」



いつもの笑顔ではなく、どこか意地悪な…悪戯が成功したことを喜ぶ子どものような顔で笑う伊吹さんとこれ以上対峙はできなくて、逃げるようにトイレに駆け込んだ。

1分で落ち着きを取り戻そう。
そしてとにかく書類を片付けよう。
そう、定時で帰る為に。

あとは大きな事件が起きないことを祈るだけだ。



*約束*
(おっ、時間ピッタリ〜♪)
(お疲れ様です、すみません…お待たせしちゃって)
(大丈夫大丈夫♪じゃ行こっか)
(あの、何でご飯に誘っていただいたんですか?)
(だーかーら、飯の時に話すって)


fin...


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