MIU404

□ご一緒に
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何故、こんな状況に陥っているかと思い返してみれば、事の発端は伊吹さんに仕事終わりに食事に誘われたことがきっかけ。



「おっ、時間ピッタリ〜♪」
「お疲れ様です、すみません…お待たせしちゃって」
「大丈夫大丈夫♪じゃ行こっか」
「あの、何でご飯に誘っていただいたんですか?」
「だーかーら、飯の時に話すって。
何か食べたいのある?」
「え、っと…伊吹さんが何か食べたいものがあって誘っていただいたのではないんですか…?」
「んー?ていうか、桜月ちゃんとご飯行きたかっただけ?
思いついたらすぐに言っていくスタンス♪」
「はぁ……」



そうだ、こういう人だった。
初めて会った時はノリの良さとテンションの高さだけで生きているのではないかと思ったくらいだ。
以前、それこそ4機捜に配属されたばかりの頃、志摩さんに言われたことを思い出した。
『あのバカの言うことを真に受けると疲れるだけだ』と。
初めはそこまで言わなくても…と思ったが、最近はその言葉の意味をひしひしと実感していた。



「えーと…じゃあ私の知ってるお店でもいいですか?」
「もちのロン♪」
「うちの父の馴染みのお店で、頼めば何でも作ってくれるんです」
「へぇ〜いいね!」



駅前からならそこまで遠くもない。
通りを2本、裏に入ったらすぐのところにある。
流行りのお店は何だか落ち着かないし、行き慣れたお店の方がこの浮き足立った気持ちも落ち着くはず。



「桜月ちゃんって、もしかして地元この辺り?」
「あ、そうですよ。もちろん父にも異動あったんですけど、母の実家がこの辺りで引っ越しはしたくないと言って……通勤がキツいところは父が単身赴任してました」
「そっかぁ、分駐所も近くていいね」
「えぇ、お陰様で通勤は不便がなくて助かります。
あ、ここです」



紺の暖簾にガラス格子戸の昔ながらの飲み屋風の店構え。
小さい頃から父に連れられて遊びに来ていた。
今は私も行きつけの店。



「こんばんは、大将、女将さん」
「おう、桜月じゃねぇか……お、彼氏か?」
「違います!同僚!」
「どうも〜、まだ同僚の伊吹で〜す」
「あらあら、仲良しなのねぇ」



まだ、とはどういう意味なんだろうか。
いやいや、彼の言動をいちいち気にしていたら身がもたない。

普段、一人で来る時はカウンター席に座るが今日はテーブル席へ足を向ける。



「何かこの店いいね」
「嬉しいこと言ってくれるね、兄ちゃん。
ほい、今日のお通し」
「ささみの梅しそ和え!」
「んん?」
「伊吹さん、ここのお通しの中でも1、2を争う美味しさです。ぜひ!」
「そ?じゃあいただきまーす。……ん!ホントだ!」



憧れていた伊吹さんと食事に行くなんて考えただけで心臓が痛かったけれど、深く考えずに同僚と食事に行くだけ、と割り切ってしまおう。
大好きな馴染みの店、いつもの大将と女将さん、美味しい食事、そして目の前には伊吹さん。
それだけで十分だ。



「親父さん、心配してたぞ?桜月が機捜に配属された、って」
「機捜って言っても私、事務方で呼ばれたから現場にはほとんど出ないですよ?」
「そうは言っても親心よ」
「そうそう、親心。愛されてるね〜、桜月ちゃんは」
「伊吹さんまでそんなこと……」



割と早い時間だったからか私達以外に客の姿はなく、大将も女将さんものんびり私達の会話に参加していた。
人懐っこい伊吹さんだからなのか、大将も女将さんもすっかり楽しくなっていて聞いてもいない私の昔話まで始めた時には本気で止めたくらいだった。





























「じゃあ、ご馳走さまでした」
「めちゃめちゃ美味かったです!」
「おう、また来いよ」
「またね、桜月ちゃん」



19時を過ぎたくらいから店内が賑わい出してお腹も膨れた私達は店を出ることにした。
わざわざ二人揃って見送ってもらって申し訳ない。
歩き出したところで伊吹さんが女将さんに呼び止められて、店の前まで戻っていった。
何だろう、忘れ物かな。



「は〜い、じゃあまたお邪魔します」
「お待ちしてます」



そんな会話だけ聞こえて、立ち止まっていた私のところへ伊吹さんが駆けて来た。
解散には早い時間だけれども明日も仕事。
別れるのが名残惜しいな、なんて思っていたら微酔い加減の伊吹さんが楽しそうに顔を覗き込んでいた。



「次はどこ行く?」
「えっ?」
「あっれ、もしかしてもう帰っちゃう〜?」
「いえ、でも伊吹さん、朝まで密行でお疲れでしょうし…」
「俺のことなら無・問・題♪」
「……モウマンタイ、って何ですか?」
「うわ、ジェネレーションギャップ〜……」



わざとらしくなのか、本気なのかは不明だがショックを受けたような伊吹さん。
私が世間のことを知らな過ぎるのだろうか、ジェネレーションギャップって何を指して言っているのだろうか。



「はーい、傷心の俺に付き合ってもう一軒行ってくれる人ー!?」
「えっ、あ、はい…」
「よーし、決まり。じゃあ次は俺の行きつけ、って言いたいところだけど、最近こっちに出てきたばっかだからよく分かんねーんだよなぁ。
近くの居酒屋でもいい?」
「、勿論ですっ」



断る理由なんて何もない。
それにまだ誘われた理由をきちんと教えてもらっていない。
何となくはぐらかされている気がするし、白黒はっきりさせておきたいところではある。
まだ、帰れない。


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