MIU404

□君の隣
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※六話の予告を見て妄想が膨らんだ末のお話。



「ねぇ、本当に私までいいの?」
「大丈夫だって〜、隊長の家で隊長の家族とBBQだから。
それに隊長から桜月を連れて来いって言われてるし」



今日は機捜隊の隊長、桔梗さんの自宅でBBQだという。
休みが重なって、一緒に行こうと連れて来られたのはいいが、家の前まで来て怖じ気づいてしまう辺りチキンなのかもしれない。
いや、だっていつも藍が迷惑かけまくっている人達。
どんな顔をして会えばいいのか。



「はいはーい、お邪魔しまーす」
「ちょっと、押さないで……お邪魔します…」
「いらっしゃーい」



髪の長い綺麗なお姉様が出迎えてくれた。
この人、確か記者会見に出てたのを見た気がする……まさかあの時は藍が機捜に呼ばれるなんて思ってなかったけど。
名前は…確か……



「桔梗、さん…?」
「私をご存知?」
「えっ?桜月、何で隊長のこと知ってんの?」
「4機捜立ち上げの時の会見を拝見させていただきました。
あ、申し遅れましたが高宮桜月と申します。
いつもいつも…伊吹のバカがご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません」



最近何かと謝ってばかりいる気がするけれど、このバカのせいだから仕方がない。
藍の話を聞くだけではあるけれど、それだけでも十分に迷惑をかけまくっているのは分かる。



「いえ、こちらこそ。桔梗ゆづるです。
で、息子のゆたかにこっちは羽野麦さん、ハムちゃんね」
「よろしくお願いします。何か私まですみません」
「いいのよ、私が連れて来いって言ったんだし。志摩も陣馬さんも会ったことあるのに私だけ知らないなんて不公平じゃない」
「はぁ……」
「隊長、彼女困ってますよ」
「あ、志摩さん…こんにちは」
「どうも」



何処からともなく現れた志摩さん。
助け舟を出してくれたのだろうか……藍はよく分かんね、って言ってたけど、きっと根はいい人なんだろうなぁ……。
そして私をここに連れて来た張本人は……羽野さんことハムちゃんに…やられている。



「ねぇねぇ、桜月〜。ハムちゃん可愛くない?きゅるっ、としてない?」
「はいはい、そうね。良かったね」



もうこういうのには慣れた。
付き合いが長くなった分、彼氏彼女というより家族みたいな感じで。
何だろう、最近女として見られていない気がする。



「……あの、大丈夫ですか」
「えっ?あぁ、すみません。ちょっとボーッとしちゃって」



ハムちゃんさんの周りをパタパタと尻尾を振って回っている藍をぼんやりと眺めながらベンチに座っていれば。
余程マヌケな顔をしていたのか、様子を窺うように志摩さんに声をかけられた。
まさかこの人に話しかけられるなんて思っていなかったから内心驚いている。



「あー…いや、何ていうか、その、伊吹のあの態度って」
「あぁ、何かすみません。気にしないでください。アレはもはや病気みたいなものなので、私もいちいち気にしないことにしてるので」
「そう、なんですか?」
「前は……付き合い始めの頃は目くじら立ててたんですけどね、最近は諦め気味です」



志摩さんから差し出されたビールを有り難く受け取り、プルタブを開ける。
冷えたビールが喉を通って身体を冷やしてくれる感じが心地良い。
ベンチに座っていた私の隣に間を開けて腰を下ろす志摩さん。
一応、藍の彼女ということで一定の距離を保ってくれているようで、聞いていた通り理性派だ。



「いいんですか?」
「いいか悪いかで言ったら藍の言ってることややってることは悪い方ですけど、行動は止められても心までは止められませんからね」
「……悟り開いてます?」
「アハハッ、諦め気味ってだけです。
だから藍には別ないい人ができたらすぐに言って、と言ってあります」



きっとそんなことはしない人だけれども。
予防線を張っておかないと辛い思いをするのは自分だから。
つくづく嫌な性格だと自分でも思う。



「いや…たぶんないと思いますよ」
「お気遣いありがとうございます。でも、ホントに…」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「え?」



一瞬、何か考えるような素振りを見せる志摩さん。



「1つ言わせてもらうと」
「はい…?」
「きっと貴女が思ってるより伊吹は貴女に惚れ込んでます」
「え、」
「密行中、暇さえあれば貴女の話ばかりなので。
それに、ほら」
「……?」



志摩さんが指差した方向に目を向ければ、藍が椅子に反対向きになって背もたれに腕を預けながら座り、機嫌悪そうな顔でこちらを見ている。
基本、ご機嫌でおちゃらけている彼があんな表情をするのも珍しい。



「さっきから、高宮さんと僕が会話し始めた時から、ずっとあんな感じです」
「…たまたまじゃないですか?」
「憶測に過ぎませんが、伊吹のアレは病気みたいなものだとは思いますけど半分くらいは貴女に嫉妬して欲しくてやってると思います」
「…根拠は?」
「羽野さんの話をした時、貴女の反応に期待していた。
反応が薄いとやけに残念そうだった、ように見えました」



観察眼が鋭い人なんだろう。
理性派のバディと言うだけあって、やけに説得力がある。
……でも、本当にそうなんだろうか。
志摩さんは信用に値する人だと思うけれど、どうにも伊吹の言動は信用できない。
そもそもそんな計算ができる人間ではないことは私がよく知っている。



「試してみましょうか」
「えっ?」



何を、と聞く前に志摩さんの手が私の頬に触れていた。
指先で頬をきゅっと撫でられる感触。
焼肉のタレでも付いていたのだろうか、なんて明後日の方向に考えを飛ばしていたら手の温もりが急に離れていった。
ハッとして見れば志摩さんの腕を藍が掴んでいた。



「いくら志摩でもダメ」
「…藍?」
「桜月はあげられない。俺のだから」
「ほら、言った通り」
「………そう、なんですかね」




離せ、と藍の手を振り払って桔梗さん達の方へ向かう志摩さん。
いや、この状況で置いていかれても困る。



「藍?」
「ダメ、志摩じゃなくても桜月はどっか行っちゃダメ」
「別に何処も行かないけど……」



そもそもの行き場が他にないのだから何処かへ行くも何もない。
何を言っているんだ、この男は…と考えていたら手の中の缶ビールを奪われて止める間もなく一気に飲み干した。



「え、ちょっと…」
「大体何で志摩のビールもらって飲んでんの。ビールなんて他にもあるじゃん!」
「志摩さんのビールっていうか桔梗さんが用意してくれたビール……」
「ほっぺ触られても嫌がりもしないし!」
「あれはタレか何かが付いてたのを取ってくれただけで…」
「桜月に触っていいのは俺だけなの!」



さっきまでハムちゃんハムちゃんと言っていたのは何だったのか。
……何か藍のこういう姿、久しぶりに見た気がする。
それこそ付き合い始めの頃は幼馴染の男の子と立ち話しているところを見て拗ねたり、同級生の男の子と同窓会の打ち合わせ場面を目撃して割り込んで来たり、くだらないことでヤキモチを妬かれていたことを思い出した。

あぁ、何だ。根本は変わっていないのか。



「アハハッ!」
「何、何で笑うのさ」
「ごめん、でも大丈夫だよ」
「……何が」
「私は藍のところしか行く場所ないから、分かってるでしょ?」
「……ん」



まだ納得していない様子だけれども流石にこれ以上、人様の家の庭先で話すことでもない。

帰ったらじっくり話そう。
付き合いの長さに安心して気持ちを言葉にすることを怠って、可愛くないことばかり言っていた。
まずはそれを謝って、ちゃんと伝えよう。

藍のことが好きだ、って。


*君の隣*
(そろそろ痴話喧嘩は終わった?)
(っ、すみません……!)
(桜月はこっちー、志摩は向こうー)
(ちょっと止めてよ)
(伊吹、子どもの前で大人げないぞ)


fin...


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