MIU404

□迅雷
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結局、報告書が終わった時には残念なことに雨が降り出していて。
遠くの方でゴロゴロと雷も鳴り始めた。
コンビニで傘を買うよりも走って帰った方が早いと踏んで分駐所を飛び出してアパートへと向かった。

きっともう彼女は雨が降る前から不安を顔に浮かべていたのだろう。
こんなことになるならもっと早く帰れたら良かった。



「桜月!」



激しい雨に打たれ、アパートに着いた頃には全身びしょ濡れ。
でも今はどうでもいい。
雨が強くなる前、雷が激しく鳴って近くのビルの窓ガラスが割れるのではないかと思うほどに震えていた。
重くなった上着と靴を玄関で脱ぎ捨てて、室内に入る。



「桜月?」



広くもないアパート。
探していた彼女の姿はすぐに見つかった。
厳密には姿は見えないけれど、どこにいるかはすぐに分かった。

寝室のベッドの上。
こんもりと布団が盛り上がっている。

探すまでもなかった。
自分がいない時の逃げ場はいつもここ。
ベッドに腰を下ろして、ぽんぽんと布団を叩く。
きっと普段の彼女なら濡れた身体で部屋に入るな、布団に乗るなと口煩く言いながら風呂と着替えの用意をしてくれるだろう。
だけど、今は…



「桜月?桜月ー?」
「……藍?」



先程よりも強めに布団を叩きながら声をかければ、ようやく気づいたようでもぞもぞと布団の中から顔を覗かせた桜月。
耳をすっぽり覆うヘッドホンを装着している。
布団から出たことで少し耳からずれたヘッドホンから大音量の音楽が聞こえてきた。



「いつも言ってんじゃん?大音量は耳に悪いって」
「っ、遅いよバカ……!」



彼女の震える声をかき消すように、また雷が大きな音を立てて鳴った。
その瞬間、ビクッと跳ねた彼女の身体をキツく抱き締めた。



「ごめんな、遅くなって」
「っ、……」
「もう大丈夫だから」



隙間がなくなるくらい強く、雷鳴なんて聞こえなくなるように耳を塞いであげるから。
だからどうかいつもの笑顔を見せてほしい。



「っ、ぅ……」
「大丈夫大丈夫」



閃光が光り、雷鳴が轟く度に身体を震わせる彼女。
一緒にベッドに入って天候の回復を待つ。

迅雷が過ぎ去る頃には抱き締めた温もりで落ち着いて来たのかうとうととし始めていた。



「桜月…?」
「ん…ごめん、もう平気……」



俺の胸元をキツく握り締めていた手が解かれ、鼻を啜りながら顔を上げる。
桜月の笑顔がどうしようもなく儚くて、もう一度抱き寄せてキスをした。



「っ……」
「ごめん、遅くなって」
「それは…仕事だから仕方ないよ……」



もう一度謝れば首を横に振りながらぎゅっと抱きついてくる桜月。
今日はまだまだ甘えたいモードらしい。



「…………藍?」
「ん?」
「…冷たい。今気づいた、何でこんなに濡れてるの?」
「雨の中走って帰って来たから?」
「傘は?」
「置き傘なんてないし、コンビニ寄るより走って帰った方が早いと思って」
「ちょっと待って……やだ、足元ドロドロ…!」



勢いよく身体を起こして布団を捲り上げた彼女の悲鳴と青い顔を見て、あぁ完全復活と安堵する。
やっぱり彼女は腕の中で震えているよりも、こうしている方がずっといい。



「ちょっと藍、早く脱いで!」
「いやん、桜月ってば積極的〜」
「バカ言ってないで早くお風呂行って!
ああぁあぁ…シーツも布団も真っ黒………!」



盛大に汚れてしまったシーツと布団のカバーを外している彼女を後ろから抱き締めれば、先程とは違った意味で身体を震わせる。



「藍……?」
「ごめんな?」
「……ううん、急いで帰って来てくれて、……ありがと」



そう、怒っていないのは分かっていた。
きっと先程までのことが頭の中でリフレインして恥ずかしさもあっての照れ隠し。
項に、ちゅっと唇を落とせばくすぐったいのか、ふふっと小さな笑い声が聞こえた。



「桜月…一緒に風呂入ろ?」
「…………」
「なーんてな、さっさと入って来まーす」
「入る」



いつもは恥ずかしいと言って絶対嫌がるから今日もまた恥ずかしがって拒否されると思っていたのに。
風呂場に向けかけた足をもう一度彼女に向ければ、外したシーツと布団カバーを抱えて恥ずかしそうに顔を逸らされた。



「マジ?」
「だって、私も何か身体冷たいし……藍が濡れてたから」
「よしよしよし、じゃあ入ろうすぐ入ろう」



彼女の気が変わらないうちに。
とにかく早く。


*迅雷*
(っ、あ"ぁ"〜……いい湯だなぁ)
(……藍、オッサン臭い)
(んー?だっていい湯じゃん?ちょっと熱めで入浴剤入れていい匂いで、桜月もいて)
(はいはい、そうですね)
(またそういう言い方する〜)


fin...


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