MIU404

□ありがとう
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「ただいま、伊吹メタルDEATH」
「おかえり……藍、飲んでるの?」
「んーん、飲んでないよ♪はい、これお土産」



今日もご機嫌で帰って来た。
よく分からないジェスチャーをしながら帰宅を告げた藍が持っていた紙袋を渡される。
中を覗き込めば、色とりどりのメロンパン。
1,2,3,……9個も買ってきてどうするのだろうか。
二人で消費するには多くはないか?
とりあえず冷蔵庫に入れておこう、と思ってキッチンに足を向ければ途端に手から紙袋が取り上げられる。



「腹減ったから食べよ?」
「……この時間にあんまり食べたくないんだけど…」



時間はもう21時。
彼は何も食べていないのかもしれないけれども、私はもう夕食を済ませていて、何なら歯も磨き終わっている。
何より遅い時間にメロンパンなんてカロリーの高そうなものはできれば口にしたくない。
………が、目の前の男の『お願い』にはどうにも弱くて。



「…………私は一口でいいなら」
「よーし、じゃあ何にする?」



いちごとー、チョコとー、抹茶とー、と次々に個包装にされたメロンパンが出てくる。
メロンパンの定義とは一体どこに行ってしまったのだろうか。
いちご味のメロンパンってもはやメロンパンではない気がするんだけど……。

そんなことは藍の前では些末なことなんだろう。
テーブルに並べられた9個のメロンパン。
さぁどれにする?とばかりにニコニコしながら見られると何とも選びがたい。



「じゃあ…チョコ、かな」
「オッケー、んじゃチョコにしよ」



バリバリと袋を破いてメロンパンを差し出してくる。
できれば袋に入れたまま欲しかった、と思うが後の祭り。
受け取って一口齧れば、甘い香りが鼻に抜ける。
しっとりした中にも砂糖のサクサクした感触が面白い。



「美味しいっ」
「だろ〜?!今日、出前太郎でデリバリーして美味かったから桜月にも食べさせたくてさ〜」
「…ありがと」
「もうちょっと食べる?」
「うん」



もう一口食べれば中からチョコクリーム。
何だろう、メロンパン……クリームメロンパン?
食べたことのないメロンパンを味わっていれば、いつの間にかテーブルに肘を預けて床に座り込んでいた藍にじっと見つめられていた。
しまった、一口と言ったのに1/3ほど食べてしまっている。



「……ごめん、一口って言ったのに」
「んーん、食えるなら好きなだけ食って」
「流石にこれ以上は……」



何とも穏やかな顔をしている。
良いことがあったのかな、なんて思っていたら頬をそっと撫でられた。
メロンパンは美味しいけれど食べカスを落とさずに食べるのはなかなか難しい。
しかもこのメロンパン、クリームも入っている。
何か付いてしまっていたのかと、ちょっと恥ずかしくなるが指の動きからしてそうではないようで。



「……藍ちゃん?」
「俺は、俺には桜月がいて良かった」
「何、突然……」
「昨日事件があってさ、思ったんだよ。
奥多摩の交番に飛ばされて、機捜に呼ばれるまでの10年。
誰かを恨んだり腐ったりせずにいられたのは、一番は桜月のお陰だなって」
「私……何もしてないよ?ただ、…交番のお兄さんに懐いて交番に入り浸ってただけで」



そう言われるとそうなんだけどさ〜、と頬を撫でていた手が今度は頭に乗せられて、くしゃくしゃと髪の毛を混ぜるように撫でられる。
ずっと変わらない、子どもをあやすようなこの撫で方。
昔は子ども扱いされるのが嫌だったけれど、今は。



「あのきゅるっとした高校の制服姿に救われたのは間違いないからな〜」
「……私のときめきを返して」
「ん?ん?ときめいちゃった?」
「珍しく真面目なこと言ったと思ってドキドキしたのに…!」



持ったままだったメロンパンを藍に押し付けて立ち上がる。
ごめんって〜と本気では謝る気のない謝罪が背中に向かって飛んできた。

本当に、あの男は。
人の心を揺さぶるのが上手い。
何度こうして心臓がはち切れそうになったか。
そして何度上げて落とされたか。



「もう……」



ついでに歯を磨き直して寝てしまおう。
キッチンに向きかけた足を洗面所に向ければ後ろから抱き締めるようにホールドされる。
無駄な抵抗とは分かっている。
現役の刑事と一般市民とでは力の差があり過ぎる。
それでも一応の抵抗はしないと気が済まない。



「ちょっと…」
「ごめんって、でも桜月のお陰だって思ったのはホント」
「別に…怒ってないよ。ちょっとイラッとはしたけど」
「怒ってんじゃん」
「イラッとした程度は怒ってるに入りませんー」



軽口を叩けば、腕の中でくるりと向きを変えられて向かい合わせになる。
そこにはいつになく真剣な表情の彼が目の前にいた。



「ホント、ありがとな」
「……ん」



礼を言うのはこちらの方。
そう思いながら降ってくる甘いキスを受け止めた。


*ありがとう*
(んー…)
(…どうかした?)
(いや、メロンパン食べたから唇が甘いなと思って)
(っ、バカ……ちょっと、舐めない、でっ…)
(あー、その顔反則)


fin...


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