MIU404

□願い
1ページ/3ページ


何事もないのが一番ですけど何かあった時の為に、と渡されていた名刺がここで役立つことになるなんて。

何かあったというか、何もないというのが正しい表現ではあるけれど。
その、何もないというのが問題で、心配で。
昨日から連絡をするか、名刺とにらめっこしながらずっと悩んで。
スマホに電話番号を打ち込んでは、いやでも……と消し、やっぱり連絡しようと打ち込んでは消しを繰り返した回数は20回を超えただろうか。
自分はこんなに優柔不断だったのか、なんてどうでもいい発見。

でも、今日を逃せば明日は当番勤務で明後日まで連絡はしにくくなる。
そう考えると今日中、しかも早めの時間に電話して話をしないと相手に迷惑もかかるだろう。



「………よし、」



覚えてしまうくらいに打ち込んだ番号をもう一度入力して、ついに通話ボタンをタップ。
恐る恐るスマホを耳に当てれば呼出音が鼓膜に届く。



『もしもし、どちら様?』



数回のコールの後、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ついに電話してしまった。



「あ、の……」
『はい』
「その、高宮桜月と申します」
『高宮、さん……あ、伊吹の』
「はい。あの、いつも伊吹がお世話になってます。
今、大丈夫ですか?」
『あぁ、はい……どうか、されました?』
「こんなこと、志摩さんに聞くの筋違いだとは分かっているんですが、」
『………?』



電話の向こうで彼が首を傾げているような気がした。
それはそうだ、突然こんな電話。



「藍に、何かありましたか……?」
『え……それは、どういう、』



戸惑いが隠せない声色。
あぁ、やっぱり何かあったんだ。
相棒の志摩さんになら話しても大丈夫だと思う。
最近聞いていた話の感じからは二人の間の関係が変化していたような気がしていたから。
私自身、彼と会った回数は少ないけれど信用できる人だと思っているから。



前回の当番勤務後からアパートに来ていないこと
メッセージへの返信はあるけれど電話には出ないこと

いつもならば有り得ない藍の行動。
機捜に異動になってから官舎に籍は置いてあるが、大体は私のアパートで過ごしていた。
官舎でも生活できるように最低限は置いてあると聞いていたけれど、当たり前のようにアパートに「ただいま」と帰って来ていた藍が音沙汰もなく姿を見せなくなった。

官舎に私は入れない。
家族ならば一緒に住めるが、交際しているだけ関係では無理だと言われて、芝浦署の近くのアパートを借りた。
藍も官舎ではなくてアパートに住むと言ったけれど、余程の理由がない限り独身者は有事の際、人員確保の為に官舎に居住、という何とも面倒な理由で官舎に籍を置くことになった。
もっともほぼアパートにいるので無意味な気もするけれど。



『じゃあ……前回の当番勤務から会っていないんですか?』
「そうですね、当番勤務の前日にうちに来てからは一度も顔を合わせてません」
『貴女のところには、何よりも一番に話に行くと思っていました』
「それ、どういうことですか」



電話では話しにくいので今からお邪魔してもいいですか、という彼の申し出を断る理由なんてなくて。
15分後に伺います、という言葉の後に通話が終了した。
電話では話しにくいとはどういうことだろう。
でも、これで藍が顔を見せない理由が分かるならいくらでも誰とでも会う。
ひいてはそれが彼の力になるのなら。


_
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ