MIU404

□君に逆上せる
1ページ/1ページ


「ただいま〜」
「おかえりー……」
「うっわ、何なに?どした?」



帰ったら自分の彼女が床で倒れてたら、まぁ驚くよね。
意識はあります、大丈夫です。
フローリングの冷たさが気持ち良くて起き上がりたくないだけ。



「半身浴してたら逆上せた……」
「頑張り過ぎ〜。ほら、起きれる?」
「んー……」



俯せになっている私を抱きかかえてソファまで運んでくれる藍。
本当に優しい人だと思う。
私が藍の立場なら間違いなく放置。
いや、優しい優しくないの前にそもそも私が藍を抱えて運ぶこと自体が無理な話で。



「あつい……」
「うん、桜月の身体、めちゃめちゃあっつい」
「ちょっと油断したなぁ……」



濡れたタオルを額に乗せられて、ソファの横に腰を下ろした藍が団扇で扇いでくれている。
緩く送られる風が火照った身体を少しずつ冷ましてくれる感覚が心地良い。

そう、油断した。
日中はまだ暑いこともあるけれど日が落ちれば涼しくなってきて、半身浴なら長湯しても大丈夫だろう、と。
積ん読になっていた小説と水分、それと音楽プレーヤー代わりのスマホを持ち込んで。
藍が帰って来るまで、もしくは小説を読み終わるまでと思っていたら思いの外、長湯してしまい。
しかも後半は小説の内容に夢中になり過ぎて水分補給を忘れてしまっていた。

気づいた時には既に遅く。
ふらつく身体を何とか湯船から上げて身なりを整えて脱衣所から出てきたところで力尽きた。
湯船を上がる前に残っていた水分を全て身体に流し込んだので何とか脱水症状を起こすことは免れたけれど、身体を起こすのは諦めた。
何よりフローリングが気持ちいい。



「あつーい」
「何か飲む?」
「お水くださーい」
「はいはいよーっと」



立ち上がってキッチンへ向かっていったのが気配で分かる。
いつもは何かと藍の世話を焼いている私が今日は世話を焼かれている。
何だか不思議な感じ。



「んん?なーに笑ってんの?」
「んー……?何かいつもと逆だなーって。
いつも私がやってることを藍がやってる」
「そうかも、たまにはいいじゃん?」



キッチンから戻った藍に身体を起こしてもらい、コップを受け取る。
蛇口から出したばかりの水は常温だったけれど、火照った身体にちょうどいい。
ゆっくりと身体を内側から冷やしてくれる。



「ちょっと落ち着いた?」
「ん、ありがと。ごめんね、驚かせて」
「マジでビックリしたぜ〜?事件の第一発見者になったかと思った〜」
「ふふ、ごめんってば」



身体を起こしたことでソファにスペースが生まれて、そこに藍が座る。



「……近くない?」
「そ?」
「いや、近いでしょ」



元々パーソナルスペースが狭い男ではあるけれど、それにしても近い。
隙間がないほどに密着はしているけれど、いつものように肩を抱かれる訳ではない。
何だろう、この違和感。



「……ねぇ、藍ちゃん?」
「んー?」
「ガマさん、会ってくれた?」
「んーん、今日も面会拒否。差し入れも拒否」
「そ、か……」



原因はこれだ。
24時間の勤務の後で拘置所に面会に行くと言っていた。
これまでも何度か面会しに行っていたが、その度に面会を拒否されていたという。



「言われたんだよね〜…」
「何を?」
「んー……ガマさんはきっと誰にも会わない、覚悟決めてるから、って」
「誰、に……言われたの?」
「面会受付のおっさん。色んな人見てるから分かるのかもな〜……」
「そう……」



ガマさんがどう考えているか、それは私達には分からない。

実は私もガマさんが拘置所に移ってから何度も手紙を送ってはいた。
ただ今のところ返事はなく、藍の話を聞く限りきっとこれからも返事はないのだろう。
返送されて来ないところを見るとガマさんの手元には届いているはずなのだが、この分だと封を開けて目を通してくれている可能性も極めて低い。

勿論……このことは藍には伝えていない。
もし返事が来たらその時に話せばいいと思っていたし、返事が来ないならば話すつもりはない。
これ以上彼の心に傷を負わせる必要なんて、ない。
すっかり黙り込んでしまった藍は一回りも二回りも小さくなってしまったように見えて、思わずその身体を抱き締めた。
……と言っても、体格差があって抱きつく形になるのは否めない。



「桜月、どした?」
「何でも、ないよ」
「んー……?俺、まだ風呂入ってないから汗臭いよ?」
「うん、そうだね」
「いやいや、そこは否定しようぜ?」
「だって仕事頑張ってきたってことでしょ?」



カッコいいじゃないですか、と照れもあって少し茶化して笑いながら言えば、肩に腕を回されて強く抱き締められた。
と、思ったら勢い良く引き剥がされた。
状況が掴めないうえ、俯き加減で藍の表情も読めない。



「……藍ちゃん?」
「なーんで、そういうきゅるっとしたこと言うかな〜……」
「うん? 」
「5分待ってて。すぐシャワー浴びてくる」
「え?」
「そんな風呂上がりの薄着で抱きつかれて、そんなきゅるきゅるしたこと言われて我慢できるワケないっしょ!
シャワーは浴びるから5分待ってて!」



逃げたら追いかけるから!と何かずれたことを言いながら脱衣所に姿を消す藍。
随分前にそういう……男女の交わりをするならせめてシャワーは浴びて欲しいと言ったことがあったけれど、それを守って律儀にシャワーを浴びてくる辺り、何とも素直な彼に笑いが込み上げてくる。
先程まで落ち込んでいたように見えた彼は何処へ行ったのか。
それでも小さくなっている藍を見るよりはまだいい気がする。

さて、私もこの間に髪を乾かしてしまおう。
きっと宣言通り5分で出て来るはずだから。


*君に逆上せる*
(よし、5分!)
(……こういう時は時間ぴったりね)
(はい、ベッド行くー)
(えぇー……何かこう、ムードがない)


fin...


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ