MIU404

□君の思う壺
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「よし、できたー!」



ほぼ同居状態の彼が仕事で不在の日。
実家からこっそり持ってきていたミシンを取り出しては夜なべのように、あるものを作っていた。
カッコいいのが欲しい、と厨二病を患っているかのような発言をその場はハイハイと聞き流していたけれど、心には留めておいた。

元々家庭科は得意ではない。
料理は必要に迫られて色々と作るようになって最近ようやく楽しさが分かってきたところ。
特に裁縫は苦手分野で、ミシンなんて学生の時に使って以来、触ったことすらなかった。
そんな状況でもやろうと思ったのは、……まぁ彼の為というか何というか。



「……うーん、60点?」



ほつれたり左右非対称になっていたりはしないけれど、端が少し歪んでいたり皺が寄っていたり……。
それでも試しに自分用のものを作った時よりは断然マシと言える。
……喜んでくれるだろうか。



「あ、さすがにそろそろ帰ってくるかな」



機捜に異動して1年と少し。
報告書を作成するのにも慣れてきたようで最近は昼前後に帰ってくることが増えてきた。
お昼ごはんの準備の前に布やゴムを広げまくったテーブルの上を片付けなければ。
完成品は藍が絶対に見ないところに隠しておこう。




























「たっだいま〜」
「おかえりー……藍、手洗いうがいが先でしょ!あと着替えもー!」
「はいはーい」



お昼ごはんの準備をしていたら今日もご機嫌な藍ちゃんが帰宅。
玄関からまっすぐにリビングに入ろうとする藍を制して洗面所に送り込む。
本当に、もう……。
未知のウイルスが世界中に蔓延してオリンピックが中止になったのはつい最近のこと。
元から在宅での仕事が主な私はいいけれど、4日に一度は必ず外に出なければいけない藍は特に気をつけてほしいところなのに。



「ほい、手洗いうがいおしまい。着替えもしてきた。ただいま!」
「ん、おかえり」



手洗いうがいと着替えを済ませた藍が再びリビングに現れて、そのままキッチンへ。
帰宅後恒例のハグをしに来たのかと思えば、彼の手に見たことのない紙袋。
お昼ごはんの準備をしながら横目で見ていれば、やけにニヤニヤしながら紙袋を開けて中に手を入れている藍の姿。



「今日、密行中に西武蔵野署に行ってきたんだけどさ」
「ん?……あぁ、桔梗さんのところ?」
「そうそう、そしたら隊長からこれもらったんだ〜」



ジャーン!という効果音を言いながら持っていた紙袋から取り出したのは、



「……マスク?」
「ハムちゃんが俺らに、って作ってくれたんだって〜!
ほら、こっちは桜月の分」



羽根が生えているのが目に見えて分かる。
まぁ、彼は以前から『ハムちゃんはきゅるっとしてる』と豪語していた。
気持ちは分かるし、同性の私もハムちゃんは可愛いと思う。



「さすが、幼稚園の先生……器用だね。売ってるマスクみたい」
「だろ?だろ?」
「何で藍が自慢げなのよ」
「だってさ〜、ハムちゃんが俺らに作ってくれるとか嬉しくない?」
「……それとこれとは関係なくない?
まぁ、いいか。後でお礼のLIMEしておかないとね」



桔梗さん……藍の元上司は現在、西武蔵野署の署長。
異動にはなったけれど、今でも4機捜のことは気にかけてくれていて。
藍の相棒の志摩さん、陣馬さん、警察庁にいる九重さんを集めては報告会と称して桔梗さんのおうちで飲み会を開催している。
そこに何度かお邪魔させてもらって、ハムちゃんとは年が近いこともあり、連絡先を交換して美味しいレストランやオススメのレシピを教え合う仲になった。
現在は少なくとも藍よりも仲が良いという自負はある。
料理上手なのは知っていたけれど、裁縫まで上手だったとは。



……私が作ったものとは大違い。
片付けておいて良かった。



そんな余所事を考えていたからか、すっかり油断して沸騰寸前のスープの鍋肌を触ってしまった。
と、気づいた時には既に遅く。



「あ"っつ……!」
「桜月っ?!大丈夫か!?」
「……大丈夫、ちょっと鍋触っちゃっただけ」
「ほら、冷やして冷やして!」



キッチンに駆け込んで来た藍に手を取られて、そのまま流水に晒される。
触れたのは一瞬とは言え、温度が高すぎたようでヒリヒリする。
よく見れば既に赤くなってしまっている。



「痛い……」
「そのまま冷やしときな。どっか塗り薬なかった?」
「あー……使用頻度の低い薬はそこの棚の引き出しの中にあるはず」
「オッケー」



軽く手を拭いて薬を探し始める藍。
これは薬が出て来るまで冷やし続けろ、ということなんだろう。
確かに赤みはあるけれど、そこまで心配するほどでもないのに。
自分のことは無頓着なくせに人のことになると途端に何かと世話を焼く。



「………あっ、藍!ちょっと待って!」
「んー?……ん?何、これ?」



なかなか薬が出て来ないと思っていたら、別な場所を探している。
道理で、と思ったところで先程色々と物を押し込んだ引き出しを開けている姿が目に入った。
そこは、マズい。



「薬はそこの上……!」
「なぁなぁ、桜月。これってマスク?」
「ちょっと、ダメだってば……!!」



慌てて水を止めて彼の手にあった不細工な仕上がりのマスクを取り返そうとするけれど、その前にひらりと躱されて自分の頭上まで腕を伸ばして手にしたマスクを広げてみる藍。
まるで売り物のようなハムちゃん作のマスクを見た後で私の作ったものなんてとても出せない。

何度もジャンプをして取り戻そうとするけれど、悲しい哉、元々の身長差とリーチの長さに敵うはずもなく。
両手を目一杯伸ばした藍の手の中で広げられたり裏返されたりして、思いもよらない形で日の目を見ることになったマスク。
改めて見てもハムちゃんが作ったものの方が出来がいい。



「もしかして、桜月が作ったマスク?」
「そう、だけどっ……皺寄ってるし、糸の始末とか甘いし、本当に、返して……!」
「これって俺用?」
「少なくとも、その柄は私の趣味ではないけどっ……ねぇ、藍ってば……!」
「じゃあ次の当番勤務の時はこれ付けていって志摩ちゃんに自慢しよーっと♪」
「はっ?!」



ニヤニヤしながら手にしていたマスクを口元に当てて、とんでもない発言をする藍に開いた口が塞がらない。
確かにつけてもらうために作ったマスクではあるけれども、決して自慢できるような代物ではない。
お世辞にも出来が良いとは言えないし、人前でつけるのならばハムちゃんが作ったものの方が間違いなくいい。

ご機嫌なまま大事そうに私の手の届かないところにマスクを置いてくれた藍。
意外と抜け目ない。
せっかくだからハムちゃんが作ったきれいなマスクをつけるように何度も言うけれど、



「縫い物苦手だって言ってた桜月が頑張って作ったマスクの方が、愛情込み込みでウイルスに強そうじゃーん?」



と、取り付く島もなかった。
そんな馬鹿な話があるか、と思うけれど予想以上に喜んでくれた彼の表情に毒気を抜かれてしまう。

まぁ、いいか。
そう思わせるような笑顔に負けてしまう辺り、どうにも私には勝ち目がないようだ。
それならばもう少しマシなものをつけてもらえるよう頑張るしかない。
食後に再度チャレンジすることを心に決意した。


*結局彼の思う壺*
(ん?もしかしてまた作ってくれる感じ?)
(……だって、せめて皺がないやつを持っていって欲しいし)
(俺って愛されてる〜)
(はいはい、愛してる愛してる)
(桜月、それ心込めて言って?それだけでウイルスに勝てそう)
(それでウイルスに勝てるなら世界中の科学者が苦労してないよ……)


fin...


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