MIU404

□目が離せない
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夕方には帰れそうという連絡と久しぶりに外でご飯食べようというお誘いのメールが届いたのは昼過ぎのこと。
言われてみれば確かに最近二人で外食に行った記憶がない。
冷蔵庫の中身も乏しいのでいいタイミングだと二つ返事で了承の返信をした。

そういえば二人で外食どころか出かけるのも久しぶりな気がする。
仕事から帰って来た藍は自分からは口にしないものの、どことなく疲れている雰囲気だったし、そんな状態の彼を連れ出す気にもならなかった。
きっと彼にこのことを話せば『そんなこと気にしなくていいのに〜』と笑って答えてくれるだろうけれども。



「ねぇねぇ、おねーさん?」
「………私、ですか?」
「そうそう〜、そこの私。ちょっーと道教えて欲しいんだけど〜」
「はぁ……」



スマホで時間を確認しながらぼんやりとしていたら、不意に目の前ににこやかに笑う男性が現れた。

道を聞かれることはよくあること。
この辺りに引っ越してきて半年が過ぎたところだけれど、アパート周辺と近所のスーパー、それと駅周辺くらいしか歩かないので奥まった場所までは正直なところ分からない。
お役に立てるかどうかは不明だけれども、人の良さそうな男性の持っているパンフレットのような紙を覗き込めば何となくの場所は分かる。



「あぁ、ここならそこの信号交差点を左に曲がって2つ目の信号を右、突き当たりを左に行けば右手側にありますよ」
「えぇー、ちょっと分かんないなぁ。一緒に来てくれない?」
「それはちょっと……連れと待ち合わせしてるので」
「じゃあその連れの子が来たら一緒に来て教えてくれるー?」
「……子って、いや、あの、」



何だろう、この違和感。
この人は本当に道を尋ねているだけなんだろうか。
連れの『子』という言い方も何か引っかかる。
勘違いされているような、私が何か勘違いしているような。

そもそも約束の時間が迫っている。
今、待ち合わせ場所を離れる訳にもいかない。
すぐ近くに駅前交番があるし、そこに連れて行ってお巡りさんにバトンタッチしてしまおうか、なんて考えていたら背後から腰を引かれる感覚。



「桜月、何してんの?」
「藍……!」
「ねぇ、コイツ……誰?」
「え?あぁ……今、道を聞かれてて」
「ふーん?」



人前で後ろから抱き締められるようなこと、普段なら恥ずかしくて嫌なのに。
今日は変な安心感がある。
目の前の男性に違和感を覚えたことで知らず知らずの内に身構えてしまっていたのだろうか。



「あ、いや……うん、大丈夫そう!ありがとね!」
「えっ、あ……はぁ……?」



そそくさ、という表現がぴったりな様子で私が伝えた交差点へと足を向けて姿を消した男性。
……何だったの?

そして、やけに不機嫌オーラを出している背後の彼は何なんだろうか。



「……藍?」
「んー…………?」
「今、あの人に威嚇した?」
「した」
「やっぱり……」
「だってアイツ、絶対桜月をナンパしようとしてたし」
「えぇー……」



道を聞くナンパなんて、新しい元号になってまでそんな古典的なやり方があるのだろうか。
確かに何となく変な感じはしたけれど、ナンパされるようなタイプではないことは自分がよく分かっている。
藍の野生の勘は当たることが多いけれど、さすがに今回は違うと言えるだろう。



「藍?」
「んー……」
「ねぇ、ご飯行こうよ」
「桜月さぁ、警戒心なさ過ぎ」
「……はい?」



何を言い出すんだ、この馬鹿。
散々、人を信用しろだとか心を開いてみせてとか言ってたくせに。

志摩くらいとは言わないけど、もうちょっと、特に男には警戒した方がよくない?とか言い出す始末。
何だろう、私は知らない人にホイホイついて行くように見られているということだろうか。
……いや、違う。
彼は彼なりにきっと心配しているんだと思う。
他意はない、はず。



「怒ってるの?」
「怒ってな〜い」
「じゃあ、拗ねてる」
「拗ねてない」
「分かりやすくて何より」



推察するとすれば、
久しぶりの外食にご機嫌で待ち合わせ場所まで来たら、知らない男と話している私を見てイラッとした。
挙げ句、どこかへ行きそうになったのを見て約束はどうなったのかとちょっと悲しくなった。(と言っても道案内するつもりはなくて交番に行くつもりだったけれど)

恐らくそんなところだろう。
たぶん彼なりに考えた末での『警戒心なさ過ぎ』という発言。
……語彙力をもう少しつけて欲しいと切に願う。



「心配かけて、ごめんね?」



私が謝ることでもないのだけれども、心配させたというより不安にさせてしまったことには違いない。

腰に回された腕を外して向き合いながら、そっと彼の長い指に指を絡めてみる。
所謂、恋人繋ぎ。
本人に話したことはないけれど、この手の繋ぎ方は結構好き。

サングラスで表情がいまいち読めなくて首を傾げれば、長く息を吐いた後で空いている片手でサングラスを外してシャツの胸元に引っ掛ける藍。



「……藍、ちゃん?」
「俺もごめんな。知らないヤツと桜月が話してんの見てイライラした」
「うん、ごめんね」
「飯行こっか」



そう言って笑った藍の表情はいつもの柔らかいもので、そっと安堵の溜め息を吐いた。
たまに面倒くさいけれど、これも彼の愛情表現として受け取っておこう。


*目が離せない*
(そういや、その服見たことない)
(これ?ハムちゃんと出かけた時に買って……そういえば初めて着るかも)
(うーん、いいけどダメだな〜)
(何それ)
(可愛いから他のヤツに見せんのヤダ)
(すぐそういうことを言う……)


fin...


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