MIU404

□おやすみコール
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雨は嫌い。
髪はうねるし、頭痛はするし、嫌なことばかり思い出す。
挙げ句に今日は彼が当番勤務で不在で話をして気を紛らわせることもできない。
それならばいっそのこと眠ってしまおう、と床に就いたものの一向に眠気は来ずに一時間が経とうとしていた。

そもそも時刻はまだ22時。
普段ならばまだ起きていて、家事をしたりネットサーフィンしたりしている時間。
その時間に眠ろうなんて余程疲れていない限りは無理な話で。



「………何か安眠できる曲でも流すか」



枕元に置いたスマホを開いてナウチューブで何か曲を探そうと思えば、タイミング良く仕事中の彼からLIMEでメッセージが届いた。

『分駐所で今から休憩!桜月は何してる?』

何か勘が働いたのかと思って少し焦ったけれど、余裕があれば当番勤務の日はこうしてメッセージを送ってくれる。
自分が不在の時が心配だから、と時間を見つけては連絡をくれる彼が有り難い。



「することないから寝ようとしたけど寝れない……いや、ダメだ」



この内容だと質問攻めに遭いそう。
ここは端的に『することないから寝ようと思ってた』と嘘ではないけれど事実とも少し異なる内容を返信しておく。
無用な心配はかけたくない。
彼は今、仕事中なのだから。



「声聞けたら、寝れそうな気もするけど……」



流石にそれは贅沢というもの。
メッセージをくれただけでも少し気持ちが軽くなったというのに、電話なんて。
そこを食い止める理性がないほど子どもじゃ、ない。
10年、いや5年前だったら電話をかけていたかもしれない。
社会に出ておらず、のんびり大学生活を送っていたあの頃なら……いや、仕事中に電話するなんてあの頃でもしないか。
今以上に悩んだかもしれないけれど電話はしないな、きっと。



「よし、寝よう」



先程開きかけていたナウチューブを改めて開こうとして手が滑った。
スマホが顔めがけて降ってくる。
重力に逆らうことなく落ちてきたスマホが鼻にぶつかる。
地味に痛い。
……一人の時で良かった。
これを人に見られるのは、なかなか恥ずかしいものがある。



『もしもーし?』
「……は?」
『んんー?桜月?』
「藍?え、何で?」
『何で、ってそっちからかけて来たんじゃーん』
「え、やだ。仕事中なのにごめん。ちょっと手が滑った」
『大丈夫大丈夫、休憩中って言ったじゃん?』



何をどうしてこうなったのか全く分からないけれど、電話が繋がってしまった。
顔に落としたのを除ける時に通話を押してしまったのか、声を聞きたいという気持ちがなかったとは言わないけれど電話をかけるつもりなんて毛頭なかったのに。



「ホントごめん」
『だいじょーぶだって〜!なぁ、志摩?』



安心させようとしているのか、近くにいるらしい相棒に話しかける藍。
奥の方から『構わないけど長電話は止めとけよ』と少し呆れたような声が聞こえた。
仕事中にごめんなさい、と心の中で謝っておく。



『夕飯、何食ったの?』
「え?カレー作って食べたよ」
『じゃあ明日はカレーだな〜二日目のカレー』



桜月のカレー、マジで美味いんだぜ〜?とご機嫌で志摩さんに話しかけている。
そんな藍の姿が目に浮かんで、自分でも頬が緩むのが分かる。



『ん?』
「んー?仲良いね、志摩さんと」
『そんなことねーよ、今日だってさぁ?』
「ごめんごめん。それは明日聞くから……そろそろ切らないと、ね?」
『えー?まだいいじゃん』
「かけた私が言うことじゃないけど長電話はダメって言われたでしょ」



休憩中だから別にいいのにー、と不貞腐れているような声。
気持ちは嬉しいし、もう少し話していたいけれど仕事が終わるまではあと11時間近くあるのだから、休憩は休憩として休んで欲しい。



「藍ちゃん」
『んー?』



明日は早く帰ってきて。
喉元まで出かけていた言葉を既のところで止めた。
彼の仕事は時間通りに終わることの方が少ない。
事件が起こって継続捜査となれば休みなしで仕事になることは、これまでだって何度もあった。
私の一言で彼の心を曇らせる訳にはいかない。



「……おやすみ、仕事頑張ってね」
『ん、おやすみ〜』



スマホを耳から離して終了をタップしようとして、電話の向こうで慌てた声が聞こえた。



『桜月、ちょい待って!』
「え、何?どうしたの?」



声に釣られるように慌ててスマホを耳に当てれば、



『明日は早く帰るから。お利口さんで待ってろよ〜?』
「、っ……何、言ってんのよ」
『あっれ〜?寂しかったんじゃねーの?』
「………ばか」



本当に、勘が良すぎて困る。
電話で少し話しただけでバレてしまうなんて。
こんなこと、藍を困らせるだけなのに。



『じゃ、おやすみ?』
「……おやすみ」



今度こそ通話を終了させる。
スマホを放り投げて枕に顔を埋めれば、微かに彼の残り香を感じた。
何だかもう、先程とは別な意味で眠れない。


*おやすみコール*
(んふふ〜)
(……気持ち悪い)
(だってさー?めちゃめちゃきゅるっとしてんじゃん?)
(知るか)
(桜月が『藍ちゃん』って呼ぶ時って大体甘えたいか寂しいか不安な時でさ〜?)
(へぇ)
(本人は全然気づいてないのがきゅんきゅんするよな〜)


fin...


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