MIU404

□君専用抱き枕
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夜の訪れが怖いだなんて。
子どもじみていると自分でも思う。
それでも夜の帳が下りてくると憂鬱な気分になるのは、ここ最近の睡眠の質が悪いことを考えれば致し方のないことで。

必ずと言っていいほど夜中に目が覚めるし、悪い夢ばかり見る。
最後は決まって、藍がいなくなる夢。
仕事柄、危険と隣り合わせなのは重々承知している。
彼は笑って大丈夫、と言うけれど怪我をすれば心配だし、帰って来ないと不安になる。

そして大体、彼が当番勤務で不在の日に限ってそういう……所謂、悪夢にうなされる。
夜中に彼を起こしてしまう心配はないけれど、フルマラソンを走った後のような動悸と背中を伝う汗の感覚が気持ち悪くて仕方ない。

『睡眠の質 上げる』とか『快眠 方法』とか検索履歴がそんなものばかり。

枕の高さを変えてみる
安眠できる音楽を流す
お香を焚く
昼間、日光を浴びる
寝る直前のお風呂を止める

……とにかく色んな方法を試してみたけれど、それでもやっぱり夜中、丑三つ時と呼ばれる時間帯に一度は悪夢で起こされる。
できるだけ夜中に目が覚めないようにと昼間は寝ないようにしているけれど、睡眠の質が落ちているからか昼下りに眠気に襲われる毎日。
そこで寝てしまって夜寝られない、悪夢を見るという無限ループ。



「……眠」



昨日は当番勤務で不在だった彼がそろそろ帰って来る頃だというのに瞼が落ちてくるのが止められないほどに眠い。
例に漏れず昨夜もたちの悪い夢で起こされた。

昨日は当番勤務に行った彼がそれっきり帰って来なくなる、なんてタイムリーな夢。
もう、本当に勘弁して欲しい。
夢は心を映す鏡、なんて聞いたことがあるけれど、実は私、何か不安なのかな。
だからこんな後味の悪い夢ばかり見るんだろうか。

ダメだ、頭が働かない。
仕事で疲れてる藍を出迎えてあげたいけれど、もう限界。



































「……ぇ、……ねぇ、桜月?桜月?」
「ん……、藍ちゃん……?」
「大丈夫?こんなとこで寝て体痛くなんない?」
「……首痛い」



いつの間にか帰って来た藍に肩を叩かれて気がついた。
テーブルに突っ伏して眠ってしまっていて、首が痛い。
よしよし、と背後に回って首をマッサージしてくれる藍。
手の温もりが心地良い。



「ん、気持ちいい」
「んふふー、愛情たっぷりマッサージでーす」
「疲れてるのにごめんね、もう大丈夫」



ぽんぽんと彼の手を軽く叩けばそのまま彼の胸に背中を預ける形で抱き寄せられる。
何だかんだ言いながらこの場所が一番落ち着く。
向きを変えて広い胸に耳を押し当てれば、彼の鼓動が鼓膜を震わせる。
この音が、何よりの安眠効果があるかもしれない。



「んー?どした?」
「……何でもない。藍ちゃん、何か喋って」
「何だそれー」



ははっ、と笑った振動が私の体も揺らす。
突然の私の言動にもちゃんと応えて、昨日からの当番勤務での出来事を1つずつ話してくれる。
昼ご飯は分駐所で九重さんが作った博多うどんで、陣馬さんがコシがないってまた文句言ったら九重さんが怒って没収したとか。
JKにメロンパンくださいって窓叩かれて志摩さんがイライラ魔人になってたとか。

オチのない話を聞きながら頭を撫でられれば、またしても眠気に襲われる。
だからこうやって昼間に寝るから夜に寝られなくなるというのに。



「桜月?」
「んー……」



ぽんぽんと頭を軽く叩かれて、微睡みから意識が浮上する。
ぼんやりとした頭で藍を見上げれば、少し気遣わしげな彼の表情。



「眠い?」
「ん……眠い」
「もしかして夜、寝てない?」
「……寝てる、けど」
「けど?」



言っていいものか。
言ってしまえば彼に心配かけてしまうんじゃないか。
ただでさえ普段から何かと気にかけてくれているというのに、これ以上は負担になるのではないか。



「桜月、」
「、何するの……」



そんなことを考えていたら、両方の頬を大きな手で挟まれた。
不満を目で訴えれば苦笑で返される。
きっと勘のいい彼には察しがついている。
それでも私の口から言わせようとするのは、一度口から零れてしまえば止まらなくなるのを知っているから。



「藍、ちゃん」
「ん?」
「どこにも行かないで」
「うん、行かない」
「ちゃんと帰って来て」
「もちのロン。……変な夢、見た?」
「…………藍ちゃんが、いなくなる夢」



口にすれば正夢にならない、なんて言うけれど。
それでも言葉にしたら現実になってしまいそうで。
最後の言葉と一緒に、目から雫が零れた。
こうなったら、もう止められない。
たかが夢に振り回されるなんて馬鹿げているとは自分でも思う。
けれど毎日のように繰り返される悪夢がもはや呪いのように思えて、不安でどうにかなってしまいそう。



「違うって、そんなことしないって、分かってるけど、怖い」
「何が……?」
「急に、帰って来なくなるんじゃないか、って」
「そんなことしない。俺、桜月のことだーいすきだから、帰って来なくなるとかいなくなるとか絶ッ対有り得ない。
それにそんなことしたら色んな人に怒られるじゃん?
ハムちゃんに志摩に陣馬さんに隊長、あとゆたかにも」



真っ直ぐに見つめられて、1つ1つ言い聞かせるように言葉が紡がれて、心の重しがその度に1つずつ外されていく気がした。
だから大丈夫だって、と抱き締められる。
息ができなくて苦しい。でも、それすらも愛おしい。



「今日は変な夢見ないように桜月の抱き枕になるからさ」
「……抱き枕?」



聞き慣れない単語にふと顔を上げれば、思っていたよりも優しい表情の彼がそこにいた。
思いがけない表情に見惚れていたら、ちゅ、とこれまた優しく額に口づけられる。
もう、どうしたらいいのやら。



「そ、抱き枕。怖い夢なんて見ないように一晩中ぎゅーってハグしてる。
もし、うなされてたら起こして、いっぱいちゅーしていい夢に変えてあげる」
「、それ……藍が私の抱き枕って言うか私が藍の抱き枕じゃない?」
「んー?あ、そっか」



矛盾している彼の発言に思わず吹き出せば、やーっと笑った、とまたしても彼の腕の中に閉じ込められる。
あぁ、これなら確かに悪い夢なんて寄り付かなさそう。









その夜、宣言通りに抱き枕状態で眠りに就けば、久しぶりに悪い夢を見ずに朝を迎えることができた。
それどころか夜中に目を覚ますこともなければ、寝苦しさもなく久々にアラームが鳴る前にすっきりと目が覚めた。



「……効果絶大」



隣で、寧ろ密着した状態のままで眠る彼の顔を見れば何とも気持ちの良さそうな寝顔。
悔しいけれど自分が思っている以上にこの伊吹藍という男に惚れ込んでしまっていることを再確認した朝だった。


*君専用抱き枕*
(んー……おはよ、よく寝れた?)
(……お陰様で、久しぶりにぐっすりでした)
(そりゃ良かった〜)
(藍、腕痛くない?大丈夫?)
(ぜーんぜん?桜月こそ腕大丈夫?)
(大丈夫……もう少し、ぎゅってしてていい?)
(…………)
(藍ちゃん?)
(きゅるきゅる〜っ!)


fin...


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