MIU404

□お返し
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家事の途中、ふと指先に違和感を覚えて見れば、左手親指にささくれ発見。
爪切り爪切り……あぁ、ついでに爪も切ってしまおう。

昔から爪が長いのはあまり好きではなくて掌側から爪先の白い部分が見えたらすぐに切ってしまう。
半同居人からは『それ深爪〜』と言われることもあるけれど、もはや一種の癖のようなものである。



「よし、切れた」
「たっだいま〜!」
「おかえり」



爪を切り終わったところで仕事を終えた半同居人が帰宅。
何となく引っかかる部分があるので仕上げにやすりをかけていたら、今日もご機嫌な彼がニコニコしながら恒例行事のハグをしにソファまでやってきた。

というかそのまま抱きつかれた。



「ちょっと、危ない」
「んん〜?爪切り中?」
「ささくれ立ってて、それ切るついでに爪も切ってた」
「ふーん……」


抱きつかれた状態でやすりをかけ続けていたら、その動きをじっと目で追う藍。
獲物を狙う猫みたい。
犬派だガードわんこだ何だと言っているけれど実は猫みたいなところもあるよね、なんて思っても言わない。

やすりがけも終わって1本ずつ、引っかかるところがないか確認。



「よし」
「ねぇねぇ、桜月」
「んー?」
「俺のも切って?」
「嫌、私が切ってるの見て深爪って言うじゃない」
「文句言わないから切って?」



言外に『お願い』と言われている気分。
後で文句言ったらただじゃおかない、と思いつつも切ってあげてしまう辺り、私も大概彼には甘い。
首に絡みついている藍の腕を外して、向かい合うように座り直して親指を摘む。

相変わらず、女の私よりも綺麗な手をしている。
これで何も手入れをしていないというのだから、ちょっとイラッとする。



「……………」
「桜月?」
「切りにくい」
「、え」



普段、というか爪切りなんて自分の爪でしかしたことがない。
誰かの爪を切るなんて初めてで、何とも言い難い切りにくさを感じる。
向かい合って座っていると爪切りの刃が爪のどの辺りまで行っているのかが見えない。
こうなると本当に深爪してしまいそうで怖い。



「んー………」
「桜月〜?もし無理ならいいよ?自分で切れるし」
「あ、こうか」



藍の話は無視。
手を押さえたままで私だけが体の向きを変える。
藍と同じ向きに、彼の胸に背中を預ける形にして座れば自分の爪を切るのと同じ状態になれる。
これなら爪がどの程度切れるか見えるから深爪する心配もない。
うん、ナイスアイデア。



「ホント桜月ってさぁ……」
「何よ、動くと肉まで切るよ」



下手に動かれると本当に指先の肉まで一緒に切ってしまいそうで、自分の爪を切るよりも慎重になる。
頭上から溜め息が聞こえた気がするけれど、今は爪を切ることに集中。
とりあえずやすりをかけられる状態にまでしないと。
ある程度切ればやすりがけで形は整えられる。



「ん、これでよし、と」
「終わった?」
「終わり〜」



うん、なかなか綺麗に切れたのではないか。
やすりがけをして落ちた細かい爪のカスを息を吹きかけて飛ばしてやる。
深爪になってないし、形も綺麗に整ってる。
これなら文句も出ないだろう。



「桜月、上手いじゃーん」
「爪切りを褒められてもね……」



ゴミ箱に切った爪を捨てに行くため、立ち上がろうとすれば腰を押さえられて動きを阻止される。
そろそろ食事とお風呂の準備をしたいのに、の非難の目を向ければ帰って来た時以上にご機嫌な表情でニヤニヤしている彼と目が合った。



「……何?」
「爪切りのお礼考えといて?」
「いや、別に……結構です」
「結構すんなって〜」



お礼はさておき、だ。
こんな顔で笑う藍はろくなことを考えていない。
それだけは間違いない。







































そんな会話も忘れて食事を一緒に摂り、お風呂に入る。
お風呂も一緒に入ろ?とお誘いを受けたけれど、洗い物があるので結構です、と丁重にお断りして脱衣所に押し込む。
隙あらばスキンシップという名のセクハラをしようとする藍を躱すのはなかなか大変で。
ただでさえ狭い浴槽なのに二人でなんて入ったら、疲れを癒やすことなんてできやしない。
その辺りをもう少し配慮して欲しいものだけれども、それよりも一緒に入りたいと……子どもか、とたまに本気でツッコミを入れたくなることがある。
次に引っ越す時はもう少し浴槽が広いところにしようかな、なんてことは考えるけれど。



「おっ先〜」
「ん、じゃあ私も入ってくるね」
「いってら〜」



尻尾があったら勢いよくブンブンと千切れんばかりに振っているんだろう。
そう思うくらいには機嫌のいい藍。
毎日楽しそうで何よりです。
そんなことを考えながらお風呂に入る。



「背中流そっか〜?」
「結構です」
「だから結構すんなって〜!」
「もう上がるから!入って来ないで!」



遠慮ではなくて拒否、ということがどうにも伝わらないらしい。
もう少し浸かっていたい気もするけれど、これ以上は色んな意味で危険。
彼がリビングに戻ったことを確認してから浴室を出る。
自室だというのに油断できないとはどういうことなんだ。
部屋着を身に着けてタオルドライをしていれば背後の扉が開く音。



「ん?」
「さっきのお礼思いついた〜」
「さっきの……いや、あんなの別にいいけど……」



やけにニヤニヤしている彼が再び脱衣所に現れた。
突然何を言い出すかと思えば、爪切りのお礼の話。
すっかり忘れてた。
というか別にお礼されるほどのことでもない。



「髪、乾かしてやるよ〜」
「はい?」
「だーかーらー、桜月の髪、ドライヤーかけんの俺やりたい」
「あー…………はい、お願いします」



断ろうかと思ったけれど断れば断ったで次はまた別な提案を持ってくるはず。
しかも更に難易度が上がるというか恥ずかしいやつ。
それならばこの程度でやってもらっておいた方が良い、というのはこれまでの経験上間違いはない。
私の答えに満足したようにドライヤーを持ってリビングへと向かう藍。
何がそんなに楽しいのかはよく分からないけれど、まぁたまにはこういうのも悪くないか。



「こちらへどうぞ〜」
「じゃあ……お願いします?」



ソファに座らされて、ブランケットをかけてもらう。
何だこれ、美容院の真似?
ふふっ、と思わず笑えば変わらずご機嫌な彼に後ろから覗き込まれる。



「んー?どした?」
「何か変な感じ、と思って」
「楽しいじゃーん?」
「ふふ、そうだね」



熱かったら言ってくださいね〜、と美容師さながらの口調でドライヤーのスイッチを入れて髪を乾かし始める藍。

あ、結構気持ちいいかも。
美容院で髪乾かしてもらうのも好きだけど、藍にやってもらう方が気持ちがいい気がする。
指の感覚が心地良い。



「桜月さ、髪伸びたよな〜」
「んー……?あー、そうかも。そろそろ切りに行こうかな」
「切っちゃう?俺、これくらいのもきゅるっとしてて好き〜」
「へぇ〜……」



じゃあこの長さでもいいか、なんて思ってしまう辺り、私も結構単純だとは思う。
それにしてもこの感じ、眠くなる。
お風呂上がりでいい感じに体は温まってるし、髪も乾かしてもらってる。
しかも意外と上手なことが判明。
たまにこうして乾かしてもらうのもいいかも。



「桜月?」
「んー……?」



このままベッド行ってもいいくらいに心地良い眠気に誘われて目を閉じていたら、ドライヤーの音が弱まって藍に声をかけられる。
あぁ、もうそろそろ終わりかな、と俯いていた顔を上げれば手櫛で整えられている感覚が伝わる。



「眠い?」



ふっ、と頭上で笑われた。
だって、と言葉を返せば、ひょいとソファの背もたれを飛び越えてきた藍が隣に座った。
その反動で体が沈むのが分かる。



「藍……?」
「このまま寝かせたいのもあるんだけどさ?」
「けど……?」



やけに距離が近いのは気のせいか。
近いというか、何なら腰を抱き寄せられて密着している。

……眠気で反応が遅れた。
目を見れば分かる。これは危険信号が出ている。
何、何で?

飢えた獣のような目。
瞳の奥でゆらゆら炎が灯っている。
これは、彼の雄の部分にスイッチが入った時の目をしてる。



「あ、藍ちゃん……?」
「お風呂上がりって、いいよね」
「な、にが……」
「んー?項とかキレイだし、ほっぺもつやつやだし、濡れた髪も何かきゅるっとさがマシマシ?」
「そんな、ラーメンじゃあるまいし……」
「んー、ラーメンより桜月の方が美味しいよね」



人をラーメンと比べるんじゃない、と口を開いたが言葉は全て奪い取られる。

あぁ、もう。
こうなったら止められない。

せめてベッドに行きたい、という私の願いは寝ちゃうからダメと無下に断られて。
ソファに押し倒されたところで諦めにも似た溜め息を漏らした。


*お返し*
(もう、ドライヤーは自分でする……)
(えー?いいじゃんいいじゃん、また藍ちゃんがやってやるよ〜)
(絶ッ対に嫌)
(そんな嫌がんなって〜)
(嫌、触んないで……っ)
(んー……桜月は煽るのが上手だよな〜……もっかいシとく?)
(もう、無理だってば!)


fin...


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