MIU404

□Happy Birthday
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これまで、彼と出会ってから誕生日は何かと理由を付けて一緒に過ごしてきた、と思う。
それこそ彼と付き合う前から、ずっと。

過去を振り返ってみても藍が奥多摩の交番勤務になってからは毎年一緒に食卓を囲んだ記憶しかない。
祖父母が亡くなった後もそれは変わらなくて。
逆を言えばこれまで誕生日を一人で過ごした記憶がなくて。



「………初めて、一人か」



当番勤務の日と重なってしまい、有給を取る!と意気込んでいたけれどそこまでしなくていいと遠慮しておいた。
昨夜は日付が変わるまで起きていて、今日に変わった瞬間に「ハッピーバースデー♪」とお祝いの言葉をもらった。

明日帰って来たら目一杯お祝いしよう、と言って仕事に行った藍。
やっぱり少し寂しい、なんて今更言えないし言わない。

誕生日は嬉しいけれど、私には少し哀しい日でもあって。
これまでそんな寂しい思いをしなかったのはきっと祖父母や彼がいてくれたから、そう思うと余計に寂しく感じてしまうのは仕方のないこと。

ぽっかり空いてしまったので大学の同期に連絡したけれど生憎予定が合わず、結局一人で過ごすことになった。



「もう寝ちゃおうかなぁ……」



時刻は21時を回ったところ。
普段ならばまだまだ夜は序の口。これから何をしようかな、なんて考えるくらいの時間。
けれど今日は何となくそういう気分にはなれなくて。
早めに寝ちゃおうかな、なんて考えていたらテーブルの上に置きっぱなしにしていたスマホが着信を告げた。
こんな時間に誰だろう。
拾い上げて表示を見れば、



「藍………?もしもし?」
『やっほー、今何してるー?』
「今?今は……ぼーっとしてた」
『だと思った〜。俺はねー、今から休憩〜』
「電話、いいの?志摩さんに怒られない?」
『大丈夫大丈夫、今日は桜月の誕生日だからって言ったから』
「どんな理由よ」



憎まれ口を叩きながらも口元が緩む。
きっと彼は何も考えていない、それでも少し気分が落ちている時にこうして声が聞けるというのは有り難い。



『あ、あっぶね』
「ん?」
『俺のさ、チェストの2段目、後で見てみて』
「ん?」
『後でな、後で』
「……うん?」
『あ、悪り。志摩が呼んでる!俺、休憩あと30分はあるから!』
「ん?うん?分かった……?」



ごめんな〜と通話が切られた。
休憩時間の残りを言われてもこちらから電話することなんておそらくない、はず。
出先で何かあった場合ならば分かるけれど部屋にいて、あとはもう寝るだけという時に電話をかけるなんて……。

あ、藍のチェストの2段目だっけ?
何?



「………『次は救急箱の中』?」



言われた通りチェストを開けてみれば、A4サイズの紙に大きく書かれた彼の文字。
えーと、これはあれか。
救急箱の中を見ろ、ってことかな。
何かこういうゲームあったなぁ……スタンプラリー?

指示通り救急箱を開ければ『次、ソファの下』
まだあるのか。
よくソファの下なんて…………下?
四つん這いになって覗き込んでみれば、どうやら彼がやってくれたようでキレイに掃除されてある。
こういうところ、マメだと思う。
手の届く所にまた同じ紙。まだ続く。



「えーと、『洗面台の下』……洗面台の下の棚、ってこと?」



洗面所へ行き、洗面台の下の棚を開ける。
またしても紙。
これ、いつまで続けるの?
というか、よく今日一日私の目に入らなかったなぁ。

さて、次は……『クローゼットの中』

クローゼットを開け放てば何の変哲もない。
かけてある服を掻き分ければ、奥の壁にまたしても紙。
けれどこれまでと書いてある内容が違う。
大きな下向きの矢印、だけ。



「………?」



ゆっくりと視線を下に向ければ、見覚えのない封のされた紙袋が1つ。
同じ大きさの紙に『開けて』とハートマークが書かれてある。
仕込んだのは彼で間違いないはずなので、不審物でないことは確か。
袋の口がホチキスで何箇所も止められている。
何だろう、とホチキスを外せば、



「…………!」



スマホ、置きっぱなしにしちゃった。
置いてあった紙袋を掴んで、慌ててスマホを取りに行く。
時間を確認すれば、休憩時間は残り15分。
着信履歴の一番上の番号を呼び出す。



『もしもーし、桜月〜?』



電話がかかってくることが分かっていたかのように2コール目で間延びした声が耳に届いた。
本当に、この男は。



「藍、これっ……」
『おっ、見つけた?見つけちゃった?』
「……見つけた」



紙袋の中には綺麗な光沢のある小さな箱。
中身はまだ見ていないけれど、私が唯一好きなブランドのロゴが見える。



『中は?見た?』
「まだ……」
『じゃあ早く開けて開けて〜』
「もう、直接渡してよ」
『こういうのも楽しいじゃーん?』



スピーカーホンに切り替えて紙袋から箱を取り出す。
白い箱にピンクのリボン。
この箱だけで暫く眺めていられそう。
私よりも電話口の相手の方が待てないようで『まだ?早く早く〜』と急かされる。
リボンを解いて蓋を開ければ、綺麗なロータスカラーが目に映る。
手に取ってみれば、



「……カードケース?」
『前に欲しいって言ってたじゃん?』
「よく、覚えてたね」
『そりゃ桜月のことなら何でも〜』
「ありがと……嬉しい」
『ん、どーいたしまして』



明日は美味いモン食べに行こうな〜、と笑って話す藍。
電話口の奥の方から『そろそろ行くぞ』と彼の相棒の声が聞こえた。
愛しいこの時間もそろそろ終わり。
続きは、また明日。
先程までの寂しい気持ちも哀しい気分も吹き飛んだ。



「おやすみ、藍。また明日ね」
『ん、おやすみ』



名残惜しいけれど通話を終了させる。
もう一度、箱から出して全体を眺めてみる。
可愛い。

今夜はこれを枕元に置いて寝よう。
何だかそれだけでもいい夢が見られそう。


*Happy Birthday*
(たっだいま〜)
(おかえり、藍。早かったね)
(当たり前じゃーん!)
(あ、そうだ。これ、ありがとね)
(んふふ〜、やっぱりこの色で正解〜)
(ん?)
(桜月が持つとめちゃめちゃきゅるきゅる〜)


fin...


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