MIU404

□ブレイクタイム
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これは、困った。
洗濯機が動かない。

厳密には洗いとすすぎはできるけれど脱水がされない。
要はびしょびしょのままの洗濯物が洗濯機の中に鎮座しているということで。
とりあえず業者を呼んで見てもらおう。
修理云々はそこから。

それにしてもこの水をたっぷり吸って重くなった洗濯物、どうしよう。
業者が来るまでこのままという訳にもいかないし……。



「藍、コインランドリー行ってくるね」
「ん?どした〜?」
「洗濯機が途中で動かなくなっちゃって、とりあえず今日の洗濯物だけでも何とかしないと」
「俺も行く〜!」



ソファで寛いでいた彼に一応声をかければ、勢いよく体を起こして尻尾を振って玄関まで駆けて来た。
いや、尻尾はないけれど、彼に尻尾があれば間違いなくぶんぶんと振り切れんばかりに振っていたのだろうと想像できるような光景。
こういうところは本当に変わらないな、と思う。

お気に入りのスニーカーを履いて、水分を吸って重くなった洗濯物の入ったカゴを軽々と片手で持つ藍。



「こーんな重いの持たせられないじゃん?」
「……藍ちゃんはジェントルマンですねー」
「棒読み反対〜」
「うそうそ、ありがと」
「どういたしまして〜、じゃ行くか」



玄関のドアをくぐって鍵をかければ、するりと手を取られる。
この男は本当に、ナチュラルにこういうことをしてくる。
いつまで経っても慣れない。



「んー?」
「何でもない、藍ちゃんはタラシだなと思っただけ」
「桜月にだけだって〜」
「あ、そう……」



どうだか。
彼の正義感と優しさと真っ直ぐさは時として恋愛感情をも彷彿させる。
本人にその気がなくても彼のその優しさに心惹かれる人は間違いなくいるはずで。
私が見てないところで愛想振りまいて、優しくして、好意を抱かれていた、なんてことは決して少なくない。
勿論、そこが彼の良いところであるのは分かっているけれど……正直言って心配の種は尽きない。



「お、空いてる」
「ちょうど良かったね」



平日の午前中とあってコインランドリー内に並んでいる洗濯機は空きがたくさんあった。
確かにこんな天気の良い日に好んでコインランドリーを利用しようと考える人も少ないだろう。
人影もなく、洗濯機の回る音だけが耳に届く。
入って真正面の洗濯機に藍が持ってくれていたカゴの中身を入れて、小銭を投入。
天気がいいから乾燥まではいいかな、と洗濯コースを選んでスタートさせる。



「これで良し、25分か……」
「帰る?」
「んー……」



往復10分はかかるとして家での滞在時間は約15分。
家事は大体終わっているし、急ぎの仕事も特にない。
帰ったところでのんびりコーヒーブレイクする時間もなさそう、と考えるとここで時間を潰すのも悪くない。
藍はあまり乗り気ではないかもしれないけれど。



「このまま待とうかな。家帰ってもすることないし」
「ん、オッケー」



意外とすんなり。
それならば暫しの休憩。
備え付けのベンチに並んで座る。
バッグから読みかけの本を取り出せば、隣の彼はポケットからスマホを取り出した。
まぁそうなるよね。

穏やかな日差しを受けながら本を読む。
しかも隣には藍がいる。
何て贅沢な時間。
静寂が心地良いなんて、一人の時間では考えられないのに。



「俺さー?待機が一番嫌いなんだけどさ?」



静寂をぶち破るのが得意な彼がスマホを弄りながら、コツンと私の頭に頭を乗せてきた。
この身長差故にされること。
何なら同じベンチに座っているのに藍の方が足が長い。
あぁ、羨ましい。



「……藍は動きたい人だもんね」



分かる気はする。
前に桔梗さん宅で食事をした時に志摩さんがボヤいていた。
『待てが効かなくて困る』と。
その言葉は人間よりも犬に対して言っているようで笑ってしまったけれど、志摩さんの言い分もよく分かる。
真っ直ぐで自分の感情に正直な彼のことだ。
私の知らないところでたくさん志摩さん達に迷惑をかけているんだろう。



「でもさ?」
「ん?」



意外な接続詞が続いて8割ほど本に向けていた意識を隣に座る彼へと方向転換する。
でも、何だろう。



「こーやって桜月と一緒にいてぼーっとしてんの好きかも」
「へぇ……」



お互い本当にぼーっとしている訳ではないけれど。
こうしてお互いの体温を感じられる距離にいてそれぞれ自分の時間を楽しむのは私も嫌いじゃない。
寧ろ、穏やかな気分になれて好きな時間の一つ。

何だかんだ言いながら考えていることは一緒か、と小さく笑いが零れる。
栞を挟んで本を閉じれば、乗せられていた頭がゆっくりと離れていくのが分かる。
軽くなった頭がほんの少し寂しい、なんて。



「奇遇、ですね」
「ん?」



ぽつり、と呟くように言ったつもりが聴力の優れている彼の耳にはしっかり届いたようで、何が?と言いたげな表情で顔を覗き込まれる。
白いジャケットに白いTシャツ、いつもと同じ格好なのに日差しに反射して眩しい。
……眩しいのは日差しのせいだけではない気がするけれど。



「私も藍と一緒にいる時間、好き」



少しだけ体を離して彼の顔を見上げながら言えば、一瞬驚いた表情を見せた後で片目を瞑って唇を尖らせる藍。
何だ、その表情。
私、そんなに変なこと言ったつもりないのに。
思わず首を傾げれば、ぽんぽんと頭を撫でられる。



「……桜月」
「うん?」



頭に乗せられた手はそのままに、やけに深刻な顔で名前を呼ばれる。
珍しい彼の表情に少しだけ不安が過る。



「やっぱ一回部屋帰ってキャッキャウフフ、しない?」



何を言うかと思えば、この男は。
心配して損した気分。
頭に乗せられた手を払い退け、座り直してからもう一度本を開く。
私の行動を無言の拒否と取った彼が隣で肩を揺さぶりながら文句を垂れている。
全く……本が読めないではないか。



「結構です、帰ってる間に洗濯終わるでしょ」
「えー」



結局すんなって、とお決まりの台詞を吐きながら顔を覗き込んだり、ゆらゆら揺れたり。
あぁ、さっきまでの穏やかで心休まる時間はどこかへ行ってしまった。
黙っていればそこそこカッコいいのに口を開けば本当に残念というか……いや、別にそれが悪いとかではなくて、それもまた彼の良さではあるのだけれども。
……私は誰に言い訳しているのか。

そんなことを考えていたら賑やかさを増した藍に本を取り上げられた。
もはや本の内容なんて頭に入って来ないのだから何ら問題はないのだけれども。



「ね、帰ろ?」
「もうあと10分で終わるでしょ。帰るだけ時間の無駄」
「桜月〜」
「……だから、洗濯終わって帰ってからでいいでしょ」



溜め息が漏れる。
自分で言っていて恥ずかしい。

動きの止まった藍の手から本を取り返して三度読みかけのページを開く。
もう本を開いたところで字面を目で追うだけで内容は頭に入って来ないのは分かっている。
それでも彼の顔を見続けることは今の私には無理な話で。

………やけに静かだな。
そう思って伏せていた顔の目だけを上げて様子を窺えば、両手を広げてこちらに飛びついてくる姿だけが目に入った。
その姿はまるで犬。耳と尻尾がないのが不思議なくらいだ。



「ホント、きゅんきゅんすることばっか言う!」
「あーもう、こういうとこで抱きつかないで」



尻尾を振り切れんばかりに振って、ぎゅうぎゅうに抱き締めてくる。
口から出てくるのは可愛くない言葉ばかり。
それでも本心は嫌がっていないことはきっと彼にはお見通し。


*ブレイクタイム*
(終わった終わった、帰ろ帰ろ!)
(帰ったらすぐ干さないと乾かないなぁ)
(俺もやる!俺もやるから早くキャッキャウフフしよ)
(お願いだから大きい声でそんなこと言わないで)


fin...


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