MIU404

□おでん始めました
1ページ/1ページ


木枯らしが吹き始め、本格的な冬が近づいてきた。
この季節になるとどうしても食べたくなる物がある。



「ねぇ、藍」
「んー?」
「そろそろお鍋が美味しい時期になるね」
「確かに〜」



そう、鍋料理。
寒くなってくると鍋料理が食べたくなるのは日本人の性というものか。
あぁ、おばあちゃんの作ったおでん美味しかったよなぁ、なんて思っていたらおでん熱が急上昇。



「藍ちゃん藍ちゃん」
「ん?」
「おでんが食べたい」
「あー、おでんいいねー」



おでんに日本酒、ビールもハイボールも美味いよな〜なんて既に気持ちはおでん気分な藍ちゃん。
かく言う私もそんな話をしていたら、お口がおでんになってしまった。
だからと言って今からおでんを仕込むには時間が足りない。
やっぱりおでんは味が十分に染み込んでいるところを食べたいし、それならば前日の夜か当日の朝から用意を始めたい。
祖母もそうやって仕込んでくれていたのを思い出す。

たまにはそうやって準備するのもいいかな、なんて思うけれど。



「今食べたい」
「お、衝動的〜」
「コンビニ行こ、コンビニ」



衣替えをして出てきた少し厚めのコートを引っ張り出して、玄関へ向かう。
ストールも欲しいかな、なんて思っていたらリビングから後を追いかけてきた彼が置きっぱなしにしていたストールを手に、ジャケットを羽織りながらこちらに向かっていた。



「流石、藍ちゃん。よく分かってる〜」
「気遣いの藍ちゃんなんだよ〜」



軽口を叩けば、同じく軽口が返ってくる。
この空気感が心地良い。
ストールを緩く巻いてドアを開ければ冷たい風が頬を叩く。
冬はまだまだこれからだというのに、この風の冷たさは何だろう。
思わず肩を竦めれば大きな手がストールを巻き直してくれて首との隙間を埋めてくれる。



「桜月は寒がりだからなぁ」
「うぅ、思ってたより風が冷たい……」
「藍ちゃんの手はあったかいぞ〜」



お手をどうぞ、とばかりに手を差し出されて素直に重ねれば彼のジャケットのポケットの中へと誘い込まれる。
恥ずかしいけれど確かに藍の手は温かくて。
ポケットの中で指を絡めれば、鼻歌を歌い出しそうなくらいにご機嫌な様子。
本当に、彼には敵わない。














































「はんぺんと大根と餅巾着ください」



コンビニ内は暖かくて、冷えた頬がじんわり暖まるのが分かる。
本当はもう少し色々な種類を頼みたいところだけれど、おやつの時間を少し過ぎたところ。
これ以上は夕飯に支障が出る。



「そんなに食える?」
「半分こしようよ。全部食べたら夕飯食べられないもん」



寧ろ半分食べてもらうつもりでいた。
彼に選択権を与えるつもりがない訳ではないけれど、今おでんを食べたい気持ちは絶対に私の方が強いはず。
何故か嬉しそうな藍が『じゃあ玉子も追加で〜』と追加注文している。

会計を済ませて帰ろうかと思ったら、何故か帰り道の途中にある公園へと足を向ける藍。
手を繋いでいるが故に私もそのまま公園へと連れられてしまう。
訳を聞けば『歩いてる間に冷めちゃうじゃん?』と。
まぁ……確かに。
二人でベンチに座り、おでんを取り出せば店内で見た時よりも湯気が沸き立っている。



「いただきまーす」
「召し上がれ〜」



まずははんぺん。
コンビニおでんのはんぺんって好き。
家で作ったおでんのはんぺんも味が染みてて美味しいけど、コンビニのはふんわりしててまた格別。



「美味し」
「うん、顔がそう言ってる」
「あ、藍も食べるよね」



トレイと箸を渡そうとするけれど、ポケットに手を入れたままニコニコしている。
食べる気はないんだろうか。
いや、半分食べてもらうつもりでいることは話してあるし、それを見越して玉子も追加したはず。



「藍?」
「食べさせて?」
「えー……」
「俺の手、帰りのためにあっためてるから」



どんな理屈よ、と言いかけたけれどきっと今の彼は引く気がない。
笑顔が物語っている。

ここで押し問答をしても埒が明かないのは明白で。
それならおでんが冷めてしまう前に口に運んだ方がマシ。



「じゃあいいよ、私一人で食べるから」
「あー、うそうそ。自分で食べまーす」



慌てたようにポケットから手を出した藍にトレイと箸を渡す。
人気のない公園とは言え、外で『はい、あーん』なんて絶対に嫌。
渋々といった体でいただきまーす、とおでんを頬張る藍。
一口食べれば頬が緩むのが分かる。
あぁ、今度は私が作った物でそういう顔をしてほしいな、なんて柄にもなく思ってしまう。



「ねぇ、藍ちゃん。今度家でもおでん作るね」
「ん、楽しみにしとく」
「あ、そしたら志摩さんとかも呼ぶ?」



いつも桔梗さんの家で桔梗さんとハムちゃんが作った料理をご馳走になるばかりで、そのお返しにたまには部屋に呼ぶのもありかもしれない、なんて思った。
いや、でも私の部屋にあの人数は入れないか?それなら作ったおでんを桔梗さんの家に持っていく方が良いかな、なんて考えていたら隣に座っていた藍が唸り声を上げる。



「何?どうしたの」
「それはダメ」
「えー、何で?いつも桔梗さんのお家にお邪魔してばっかりなのに」



思いもよらない彼の言葉に首を傾げる。
皆と食事する日は普段以上にテンション高くご機嫌だというのに。
私の部屋に招くことも喜ぶと思っていたら、どういうことだろう。



「ダーメ」
「だから何でよ」



駄目の一点張りでは納得できない。
せめて理由を教えて欲しいと顔を覗き込めば、食べかけのはんぺんを口に押し込まれる。
もう熱くはないけれど火傷したらどうしてくれるんだ、と軽く睨めば口角を片方だけ上げて悪いことを考えているような笑みを返された。



「桜月の料理は他のヤローには食べさせませーん」
「、そういうことばっかり言う……」



何とも分かりやすい、独占欲丸出しの発言。
変なところでそういう、子どもみたいなところを見せるんだから。
嬉しいような、恥ずかしいような、何とも言えないこの感じ。



「ぜーんぶ俺のだから」
「もう、バカ!」



彼の言う『全部』には別な意味も含まれていること気づいて、彼の腕を軽く叩けば『何だよ〜』とニヤニヤした顔で笑っている藍。
本当に、彼には敵わない。


*おでん始めました*
(あ、そうだ)
(……何?)
(家で作る時、アレ入れて。ちくわぶ)
(あぁ、おばあちゃんのおでんに必ず入ってたもんね)
(昔は嫌いだったんだけど、由布子さんのおでんで食べてから好きなんだよな〜)


fin...


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ